「胃はどのくらい残せる?胃がんの治療方法「腹腔鏡下手術」について」

1.胃がんとはそもそもどんな病気ですか?
- 日本人にとっての胃がんは、大腸がん、すい臓がん、食道がん、肝臓がんと並ぶ「消化器5大がん」の一つです。
- 胃袋の壁は「粘膜」「粘膜下層」「筋層」「漿膜(しょうまく)」といった層でできていますが、このうちの粘膜から、たった一つの細胞ががん化してしまうのがいわゆる「胃がん」です。
- がん細胞が粘膜の中でどんどん育っていった結果、胃袋の筋肉の外にある「漿膜」といった筋肉の膜を突き破り、どんどん外の方へと広がっていこうとする性質があります。
- さらに、がんは「播種(はしゅ)」という働きもあり、がん細胞の分身を体の隅々まで行き渡らせる性質も持っています。
- 最初は胃の粘膜で始まったがんが、どんどん深堀りして筋肉を突き破った際に「顔」を出すのですが、その姿が鳳仙花の種みたいにパッとお腹の中に自分の細胞を飛ばします。このことで、お腹の中の他の臓器の表面に「がんの種」が植え付けられ、さらに発芽するものです。結果的に肝臓や肺にがん細胞の分身を広めたり、リンパ菅の中にがん細胞を入れ、体の隅々まで行き渡すことがあります。これが「転移」です。
- 胃がんの検査は、胃カメラによって行いますが、ひと昔前の機械よりもかなり精密になっており、精度の高い診断を行うことができます。前述のような転移にならないよう早期の発見が望ましいです。
2.胃がんが見つかった患者さんが悩む「胃を残せるかどうか」についてご説明ください。
- 胃がんが見つかった場合、1段階から4段階までステージを分けて進行の度合いを分けて考えます。ステージ1は軽症、ステージ4はかなり進行している状態で、ステージ2〜3はその間にある状態を指します。
- このステージごとに治療方法はだいぶ変わります。例えば、ステージ1の場合、近年の医療技術では胃カメラによって、そのがんの部分だけをくり抜いて治すことが可能になりました。よって胃を失うことなく治療を行うことができます。
- ただし、ステージ2以降の、がん細胞が粘膜よりも下の層に行っていたりリンパ節への転移などがあった場合は、胃カメラだけで治すことが難しく胃を取る手術を選択することが多くなります。
- こういった場合の「胃の残し方」はケース・バイ・ケースで、「胃を全部取る」「3分の2を取る」など様々で、患者さんの病状ごとに判断が異なります。
3.「腹腔鏡下手術(ふくくうきょうかしゅじゅつ)」とはどんな手術ですか?
「腹腔鏡下手術(ふくくうきょうかしゅじゅつ)」90年代の後半から医療業界で広がったものです。
それまでの胃がんの手術は、ミゾオチからおヘソまでを縦一文字でお腹を開けて、胃袋を取るというものが一般的でした。しかし、「腹腔鏡下手術」ではお腹に1センチほどの傷を5〜6箇所設けることで、従来の縦一文字と同じような手術を行えるようになり、この合理性から医療業界で広まっていきました。
「腹腔鏡下手術」の最大のメリットは「手術後の痛みが非常に軽い」ということです。傷が小さく分散していますので、手術の翌日でも体を起こして歩くことができる患者さんもいます。
また、もう一つのメリットは整容性です。縦一文字ですと手術後の美的なダメージも大きく、ボディイメージを患者さんの心にアジャストするまでにも相応の時間がかかるものでしたが、「腹腔鏡下手術」はほぼ手術前のお腹と変わりがありません。このことからも、ストレスを軽減させることができます。
さらに、3つ目のメリットはお腹の中にカメラを入れた際、腹腔鏡を使うことで、本来肉眼では目視できなかったような細かい血管も拡大視できるようになり、細部への処理も可能になったことです。また、普通にお腹を開けるよりも出血量が少なくなり、場合によっては無血で手術が終わるケースもあります。このことで、手術後の体力低下を軽微に済ませられます。
これら3つの大きなメリットがある「腹腔鏡下手術」ですが、言い換えれば「体にとって優しい手術」と言えます。
「腹腔鏡下手術」の実施は、日本のガイドライン上では「ステージ1の早期がんに限られる」とされていますが、例えば、ご高齢の患者さんで、手術による大きな体力低下やダメージを避けたい場合は、進行がんでも「腹腔鏡下手術」を検討する場合があります。
4.「腹腔鏡下手術」で胃を残すためにはどんな手術になりますか?
- 「腹腔鏡下手術」による胃切除は、「全摘出」「噴門側胃切除術(ふんもんそくいせつじょじゅつ)」「幽門側胃切除術(ゆうもんそくいせつじょじゅつ)」「幽門保存胃切除術(ゆうもんほぞんいせつじょじゅつ)」のいずれかになります。
- 胃袋は大きく分けて「胃の上」「胃の真ん中」「胃の下」と3つに分類されますが、「がんがどの位置にできたか」や「進行具合」などを勘案し、「どれだけ胃を残すことができるか」を判断します。
- 例えば、「胃の上」にできた進行がんについては、全摘出になることが多いです。しかし、「胃の上」にできたがんであっても、早期のものであれば「噴門側胃切除術」で胃の上側の2分の1を切除し、胃の下の半分を残すことができます。
- 一方、「胃の真ん中」にできた早期がんの場合は、「幽門保存胃切除術」によって、胃の真ん中の3分の1だけをくりぬき、胃の大半を残すことができます。
- 「噴門側胃切除術」「幽門保存胃切除術」とも実施している医療機関は限られていますので、お調べいただき選ばれると良いと思います。
5.「腹腔鏡下手術」にかかる入院期間・手術後の生活はどうなりますか?
従来の「腹腔鏡下手術」での入院期間は14日間前後でしたが、近年では10日前後まで短縮できるようになりました。
また、手術後における身体的なダメージは患者さんごとに異なりますが、明確な差が出てくるのは体重の減少率です。
全摘出の患者さんが約1年間、食事を摂ることが難しいこともあり、胃を切除してから1年後の体重減少率が約14パーセントと言われています。一方、胃を残せた場合は、段階を踏んで食事を摂ることができますので、体重減少率は約8パーセントと言われています。
この6パーセントのダメージ差は非常に大きいものです。がんの進行次第ではありますが、できるだけ胃を残すほうが良いです。
また、手術後、一定の割合で合併症などを引き起こす患者さんもいます。言うまでもなく患者さんごとのパーソナリティは様々です。例えば、もともと持病がある方、年配の方など。そういった患者さん個々に違うパーソナリティに対して、画一的な手術を行うと、後に種々の合併症を引き起こす確率も上がってきます。
こういったことからも、できるだけ信頼のおける医療機関・医師をお選びいただき手術を受けることをお勧めいたします。
6.「腹腔鏡下手術」を受ける際、どんな病院・医師を選べば良いですか?
「腹腔鏡下手術」そのものは近年、特に広がりを見せている手術ですので、すぐに実施している施設を見つけることができると思います。ただし、前述の「噴門側胃切除術」「幽門保存胃切除術」といったオプションを用意する医療機関は限られていますので、こういった細やかな切除術を実施しているところを選ばれると、より体に優しく、患者さん個々に適した手術を受けることができると思います。
また、一般の患者さんにとっての医師の選び方は少々難しくも思えますが、一つの目安として日本内視鏡外科学会が発行する技術認定資格を有しているかどうかを調べて判断するのも良いでしょう。
日本内視鏡外科学会の技術審査委員会が、医師が実施した実際の手術の様子のビデオで「安全性に足る技量かどうか」を審査し技術認定します。その認定率は約30%とも言われる狭き門ですので、技術認定を取得した医師であれば、より安全性の高い手術を期待できると思います。
最後にメッセージ
胃がんの手術においての第一関門は「まず手術を乗り切ること」です。だからこそ医療機関・医師ともに適切な選別をした上で乗り越えていただくことが大切です。
そして、第二の関門は「その先の人生」です。「胃袋がなくなる」ということは想像以上に体に負担がかかります。身体的なダメージはもちろん、精神的な負担も続きます。むしろ「全く新しい体に生まれ変わって、イチからやり直す」ことに近しい状況ですので、手術を乗り越えたその後も覚悟を持って我々医療機関のサポートを受けながらがんばって生きていっていただきたいと思っております。
手術前後だけでなく、「その先の人生」においても、患者さんには我々医師はもちろん、看護師、栄養士さんのサポートを受けていただき、お辛い時間を少しでも楽にお過ごしいただければと思っています。