うつ病・認知症の治療について

うつ病・認知症の治療について

荏原病院では特殊な疾患を除く精神科疾患を広く扱っておりますが、うつ病と認知症の治療には、特に力を入れております。

我々が日常行っている治療の内容につきまして、手短に説明させていただきます。

うつ病治療について

一般に、うつ病の入院治療は、1)抗うつ剤を主体とする薬物療法、2)mECT(修正型電気けいれん療法)を代表とする身体的療法、さらに、2)分析的精神療法や認知行動療法などのいわゆる精神療法を組みあわせて行います。当科のうつ病の入院治療の特徴につきまして、以下に紹介させていただきます。

薬物療法について

当科に入院したうつ病の患者さんは、最新の知識を導入した薬物療法を受けることができます。処方は医師が行いますが、向精神薬(精神科領域で使われる薬)を熟知した薬剤師が病棟に常駐しており、患者さんと直接面談して実際の処方薬に関する情報を提供したり、服薬の効果や副作用など医師を交えて確認~相談したりすることができます。病状や治療の必要性によりますが、より強い治療である点滴による抗うつ剤の投与を行うこともあります。こういったプロセスを細かく調整して繰り返すことで、すべての入院患者さんに教科書的な画一的処方ではなく、個人のニーズにあわせたオーダーメイドで洗練された薬物療法を提供することができます。

身体的治療法について

当院はうつ病に対する豊富なmECT治療の経験を有しており、都内でも有数の治療機関です。例えば身体合併症を持つ症例の場合でも、必要があれば、ほとんどの場合mECTによる治療が可能です。mECTは、麻酔科医による全身麻酔下に手術室で中枢神経に通電する治療法であり、その有効性は非常に高く、副作用はごく稀にしか生じません。治療は外来ではなく入院を要し、週に2~3回の頻度で行われるため、入院期間は1か月前後になります。

一定の条件を満たす患者さんに限りますが、rTMS(反復経頭蓋磁気刺激療法)による治療を受けることもできます。高規格の病棟を持つ限られた病院でしか施行できない治療であるため、この治療が保険で可能な医療機関は2021年現在、国内では約30施設しかありません。この治療は麻酔を要さない、電気ではなく磁気による中枢神経の刺激法であり、日本では2017年に承認されたばかりです。当科のrTMS療法の導入は都内でもかなり早く、複数の患者さんが治療を受けて良好な治療成績を収めています。rTMSはmECTとは違って麻酔を用いる必要がないため、手術室ではなく病棟で施行することができ、治療前に投薬の必要はありません。治療効果はmECTとほとんど同等ですが、1回の治療に1時間ほどかかり、週に5日間毎日、それを6週間続ける必要があります。現在コロナ禍が収束していないため、感染対策の必要から入院患者さんは自由に外出や外泊をすることができません。そのため、この治療は外出泊なしで長期間入院することに同意された方にのみ提供させていただいております。

最近当科でとり入れた身体的治療法として、光線療法があります。光線療法は1980年代にアメリカで確立された治療法で、最近の大規模な研究でもその有効性が確認されています。朝方5000ルクス以上の光線を30分前後顔面に照射することでうつ病を治療しますが、治療を毎日30分程度、1週間以上続けることで治療効果が表れますが、副作用はごくまれであるため、患者さんの希望があれば入院中毎日治療を受けることができます。ECTやrTMSを施行中の患者さんもこの治療を受けることが可能です。

精神療法について

精神療法は、多くの場合治療効果が出るまでに数週から数か月間の時間を要する繊細な治療方法になります。うつ病の入院治療は、方法によらず比較的短期間で終了するため、例えば精神分析的な精神療法など、入院期間中に特定の方法論に則った精神療法を始めることは一般的ではありません。外来で医師または心理士による精神療法を行っている患者さんの場合は、入院中も望ましい環境で治療を継続することができますが、そうではない患者さんの場合は、担当医による頻回の面談(いわゆる小精神療法<心理教育に近い側面を持つ、特定の方法論に依らない基本的な精神療法>)でケアさせていただくことになります。なお、病棟では看護師と心理士がリードする集団精神療法が定期的に行われており、希望する患者さんはどなたでも参加することができます。

当科におけるうつ病の治療は、十分な教育と訓練を受けた医師が看護師、薬剤師、心理等のスタッフと緊密に協力しながら最新の治療機器を駆使して行われています。看護スタッフの能力と意欲が高いことは特筆されるべき点です。当科は閉鎖病棟ではなく、内科病棟等と同じ構造の解放病棟で、入院することに対する心理的な障害も決して高くはないですし、そのように工夫された構造になっています。以上のように、当科では、薬物療法、身体的治療、精神療法を組み合わせた、密度の高い、高度に洗練されたうつ病の治療を行っております。

脳機能検査について

もう一つの特徴として、当科では、うつ病の入院治療中に、いわゆる“脳ドック”を受けることができます。当科は総合病院の中の精神科であり、豊富な医療資源に恵まれているため、様々な検査をする準備が整っています。希望があれば、入院中にうつ病の治療を受けながら、採血、尿、レントゲン、心電図等の一般的な検査に加えて、脳のMRI、脳波、脳血流、その他の核医学検査等の高度な機材を用いた検査と放射線科専門医による評価に加え、心理士による詳細な認知機能の検査を受けることができます。ご希望があれば画像等の検査結果をお持ち帰りいただくことも可能です。

認知症の治療について

2020年の65歳以上の高齢者の認知症有病率は16.7%、約602万人となっており、6人に1人の方が認知症になると言われています。認知症には様々な原因があり、当科では認知症発症の予防や認知症の診断・治療、認知症との付き合い方、ケアの仕方などについて、最適と思われるサポートをさせていただいております。

認知症の診断について

よく知られている認知症にはアルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体型認知症などがありますが、それら以外にも様々な認知症があり、代表的なものとして、脳炎や硬膜下血腫、正常圧水頭症、甲状腺機能低下症など身体疾患による認知症などが挙げられます。当院では通常は認知症の専門外来で診断をつけますが、より詳しい検査をするために日帰り入院をすることもでき、血液検査、頭部MRI、脳血流SPECT、脳波、心理士による詳細な心理検査などを行うことで、正確な診断を下すことが可能となっています。さらに専門的な検査が必要な患者さんの場合は、脳ドパミントランスポーターシンチグラフィー、MIBG心筋シンチグラフィー、髄液検査などの特殊な検査を行うこともあります。

認知症の精神症状について

認知症の精神症状は、中核症状と周辺症状と呼ばれる症状に分かれています。中核症状は皆さんがご存じの認知機能障害、いわゆる“物忘れ“のことを指します。一方、周辺症状は中核症状があるために生じる症状とされており、英語の略称でBPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)と呼ばれています。具体的に述べると、中核症状は記憶障害や日付・時間・場所がわからなくなる見当識障害、判断力・理解力の低下、計算障害、日々できていたことができなくなる実行機能障害、さらに失語、失行などのことを指します。周辺症状としては、ありえないものが見えたり聞こえたりする幻視や幻聴、また、事実ではないことを確信している妄想などが代表的ですが、認知症を発症したためにうつ病のようになったり、心配しがちになったり、怒りっぽくなったりすることなどもあり、こういった変化もBPSDと呼ばれます。これらの様々な症状に対し、当科では、非薬物療法、薬物療法、適切なケア、検査などを各々の患者さんの状態に細かく合わせたオーダーメイドの提案をさせていただいております。我々は、患者さんやご家族がより良い生活を無理なく送れるよう、常に最善を尽くすことをお約束します。

認知症の治療について

認知症の患者さんを治療するにあたり、多くの場合、非薬物療法、薬物療法、適切なケアの3つの方向から治療を考えていきます。

中核症状への非薬物療法としては、体操・ヨガなどを取り入れた定期的な運動、クイズや計算などの認知機能トレーニング、社会的な活動や人との交わりなどが重要と考えられています。また、認知機能の低下に対して予防効果があるとされている集団精神療法も、当科では積極的に導入しており、今後さらに発展させていく計画をたてております。その他、代表的な治療として、患者さんに昔懐かしい事物を眺めてそれについて話し合っていただき、脳に刺激を与えて豊かな感情を保つ回想療法や、精神の内面を安定させるための音楽療法(演奏、合唱など)・芸術療法(絵画、粘土細工、映画鑑賞など)などがあります。また認知症の進行を遅らせるために重要となる予防法についても患者さんが必要とする場合は、ご家族に細かくアドバイスさせていただいております。

周辺症状に対しては、上記したような非薬物療法を十分に試してから薬物療法を行うと治療の効果が上がりやすいといわれています。家族や周囲の援助者の工夫で、病状が大きく改善することも珍しくないため、周辺症状の原因を考え、患者さんの気持ちをよく理解してケアや環境整備に臨むことが重要です。

皆さんが大きな期待を寄せている薬物療法についてですが、認知症の中核症状に対する根本的な治療薬は、残念ながら存在しません。しかし現在の医療でも、中核症状をある程度緩和したり、認知症の進行や再発を抑えたりすることは十分に可能です。また、不眠・不安・イライラ・幻覚妄想・うつ病など、BPSDの様々な症状に対する薬物療法としては、副作用の出にくい睡眠薬や漢方薬、抗精神病薬、抗うつ薬、抗てんかん薬などが使用されます。高齢者は薬物に対する反応が通常とは異なることが多いため、適切な投薬をするためには、専門的な知識と経験が要求されます。また、身体疾患に対する投薬によって中核症状や周辺症状が修飾されたり悪化したりすることも珍しくないため、患者さんが受けている医療全体を詳細に把握したうえでの薬剤調整が重要です。

認知症の患者さんの理解、適切なケア

「認知症になると何もかも分からなくなってしまう」というのは大きな間違いです。認知症が進行するにつれ、出来事自体は忘れてしまうとしても、その出来事にまつわる感情は心に蓄積されていくと言われています。自分の感情を言葉で上手く伝えることはできなくなるかもしれませんが、「うれしい」「楽しい」「悲しい」「イライラ」などの感情の多くは心の中で保たれています。ですから、認知症の患者さんをケアする際には、患者さんの感情を深く理解したうえで向き合っていくことが重要です。

患者さんの日常生活能力は認知症の進行によって徐々に低下し、今まで難なくできたことができなくなっていくため、家庭や社会での役割を失うなど、深い喪失感を感じて苦しむ方が多くなっていきます。患者さんによっては不安やいら立ちが生じやすくなり、ちょっとした出来事や家族の何気ない一言で怒りの感情が容易に惹起されて爆発するようなことも珍しくありません。そういった状況や患者さんの感情を理解して、できないことが増えてきても“何もできない”と決めつけるのではなく、失われた能力をさりげなく補ってあげるように適切なケアができるように心がけてください。家事、趣味活動、日常生活動作などを継続的に維持するためのケアを状況に応じて柔軟に行っていくことで、認知症の患者さんに嬉しさ、楽しさ、達成感などの豊かな感情を持っていただき、自らの存在価値を高めるように導くことが心身ともに健康な状態を保つことにつながります。

言うまでもないことですが、認知症患者さんの毎日のケアや介護を続けることはご家族にとって非常に大きな負担になります。我々は、介護保険が適用される、デイサービスやデイケア、ショートステイなどの利用をお勧めしており、経験豊かな精神保健福祉士が地域の具体的な施設等の情報を提供するなど、ご家族のお手伝いをいたします。これらの施設では、非薬物療法としてのレクレーションやリハビリテーション、入浴サービス、食事などが提供され、介護士、看護師、理学療法士などからの専門的なアドバイスも受けることができます。家庭での援助が必要な患者さんの場合は、訪問看護師、往診医、訪問リハビリテーション、訪問薬剤師、ヘルパー、配食サービスなどの選択肢があり、それらのサービスの導入を我々がお手伝いいたします。

このように、当科では認知症の患者さん一人一人に対してじっくりと向き合い、内面の理解に努め、医学的な治療にとどまることなく、各々のご家族の置かれた社会的な状況を鑑み、最善と思われるケアのアドバイスや必要なサービスの導入の提案など、患者さんやご家族に“全人的な治療”を提供できるよう努力しております。