がんに関連した血栓症は多いの?

2018年5月30日 循環器内科

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投稿者:循環器内科 部長 北原康行 (循環器内科のページ

目次

1.がんに関連した静脈血栓塞栓症は多いの?

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この質問の答えは“Yes”です。

このコラムのタイトルでは分かりやすく、“血栓”と書きましたが、血栓は動脈にも静脈にも出来ます。その血栓が血液の流れに乗り、どこかの血管に詰まる事を塞栓と言います。静脈血栓は主に下肢の静脈に好発し下肢の痛みや腫れが出現することがあります。下肢静脈の血栓が静脈の流れに乗って移動すると、心臓の右心房・右心室を通って肺動脈に辿り着き、肺動脈血栓塞栓症を起こすことがあります。これらをまとめて静脈血栓塞栓症と表現しますが、今回のコラムはこの静脈血栓塞栓症についてお話します。
がん、または、がん治療に関連した様々な出来事は、静脈血栓塞栓症を合併しやすいことが多数報告されています。一般に、がんの方の静脈血栓塞栓症の発症率は、健常人の約4~7倍高いとされています。がんの方に静脈血栓症が多いこと、新たながん治療薬による静脈血栓塞栓症が知られていること、新たな抗凝固薬(静脈血栓塞栓症に使用する、いわゆる血液さらさらの薬)の普及などにより、最近は研究対象として注目を集めている分野でもあります。
しかし、一般の方には、どうしてがんに関連した静脈血栓塞栓症が多いのか、疑問を抱いている方が多いのではないかと思います。今回はどうしてがんに関連した静脈血栓塞栓症が多いのかをイメージしていて頂けるように、その原因を出来るだけ簡単にまとめてみました。

2.がん自体に伴う静脈血栓塞栓症の原因

がんによる血流停滞・脱水・臥床

がんやがんの転移した腫瘍は、静脈周囲で拡大すると静脈を圧迫し静脈の流れを悪くすることがあります。この血流が淀んだ血管の中では血液が固まりやすくなり静脈血栓が出来やすくなります。また、骨転移や脳神経系の転移により、下肢麻痺などが生じると下肢の血流が悪くなり静脈血栓塞栓症が増加します。
がんの進行により、食欲や元気がなくなり脱水になったり、生活の活動度が低下して臥床が多くなったりしても、血流が停滞し静脈血栓が出来易くなります。

がん細胞による凝固系の亢進

がん細胞やがん組織周囲の炎症部位は、血栓をつくりやすい組織因子や凝固促進因子、サイトカインなどの物質を放出しています。従って、非常に元気に生活されている方でも血栓が出来たり、がんと離れた場所で血栓が出来たりします。また、がん細胞は血管の中に侵入して血中を移動する際に、これらの血栓成分をがん細胞周囲にまとい、異常なものを捕食する免疫系の攻撃から逃れて転移しているとする報告もあります。

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3.がん治療に伴う静脈血栓塞栓症の原因

がん手術に関連した血流停滞・臥床・脱水・炎症

手術の影響で創部付近の静脈の圧迫や血流障害が生じた時や、手術後の疼痛や発熱、脱水、体力低下などで、なかなか離床が出来ない方などでは、静脈血栓症の合併が多くなります。

化学療法に伴う血管障害や凝固系の亢進

一部の抗がん剤・分子標的治療薬などは血管障害を引き起こし、障害された血管部分や下肢静脈に血栓が出来やすいことが知られています。化学療法による嘔気・嘔吐、下痢、または食欲低下により脱水になる時や、倦怠感が強く元気がなくなったり、動けなくなったりしている時も静脈血栓が増加します。

カテーテルに伴う血管損傷・うっ滞

栄養や化学療法薬を確実に投与するために、様々な種類の静脈カテーテルを挿入することがあります。カテーテル挿入時の血管損傷や、カテーテル留置により血管の中で血流障害や感染症を合併することがあり、そこに静脈血栓を作ることがあります。特に大腿静脈にカテーテル留置しているときには、多量の静脈血栓が発生することがあります。
また、大腿動脈からカテーテルを挿入してがんの検査や治療を行うことがありますが、動脈や静脈の血管を損傷し静脈の血流が悪くなることがあります。更に処置後に動脈からの出血を止めるために血管を圧迫しますが、この時に静脈も圧迫され静脈の“うっ滞”をきたして静脈血栓塞栓症を合併することがあります。

門脈圧亢進症にともなう門脈のうっ滞・門脈の血管障害

門脈は消化管の静脈などが合流して肝臓に流れこむ血管です。肝硬変や肝臓の癌手術後などに門脈圧亢進症を起こして門脈血栓症を合併することがあります。また、肝胆膵・消化管のがんの門脈浸潤や炎症により、門脈の血流が障害され門脈血栓症を合併することがあります。

4.がん以外の付加的な静脈血栓塞栓症のリスク

がんに直接は関連していなくとも、がん発症時に静脈血栓塞栓症を合併しやすい危険因子を持っているかもしれません。下記に一般的な静脈血栓症リスクを並べてみます。

  • 静脈血栓塞栓症の既往、肥満、高齢、長期臥床、下肢麻痺、ギブス固定
  • 血栓性素因(アンチトロンビン欠乏症, プロテインC/S欠乏症, 抗リン脂質抗体症候群など)、エストロゲン治療、下肢静脈瘤、うっ血性心不全、呼吸不全、重症感染症

ここに挙げたような危険因子が重なると静脈血栓は出来やすくなり、がん関連の状況によっては更に静脈血栓が出来やすくなります。

5.CANCER-ASSOCIATED THROMBOSISと腫瘍循環器学

がんに関連した静脈血栓塞栓症の原因をおわかりになったでしょうか。最近はがんに関連した静脈血栓症のことを Cancer-Associated Thrombosis:CAT と表現するようになりました。静脈血栓に限らず、がんと循環器疾患に関連した臨床的な問題が明らかになってきており、この領域を腫瘍循環器学として日本国内でも盛んに研究されるようになってきています。より詳しい文献を検索される際にはこれらのキーワードを用いて下さい。

上記に挙げた静脈血栓塞栓症の原因は、がん治療中の方では珍しくないので、血栓症のリスクが高い、または心配であるという方は、予防の処置や、検査、治療の検討を主治医にご相談することをお勧めします。参考にして頂けたら幸いです。

6.参考文献

  • 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン(2017年改訂版)

執筆者紹介

北原 康行(きたはら やすゆき)

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がん・感染症センター都立駒込病院 循環器内科 部長
日本大学医学部 平成9年卒
専門分野:腫瘍循環器学
資格:日本内科学会指導医・総合内科専門医、日本循環器学会専門医、がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会 受講終了、臨床研修指導医のための教育ワークショップ 受講終了、博士(医学)
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