⾷道診療について

はじめに
当院では食道外科専門医を含む食道の手術に精通した医師が 検査および診療に当たります。
当科で取り扱う疾患としては腫瘍性の病気では、食道がんや平滑筋腫などの良性腫瘍、機能性の病気では、胃食道逆流症(GERD、食道アカラシア)などがあります。この中で主に食道がんに対する治療を行っています。食道がん治療には手術、抗がん剤治療、放射線治療、内視鏡治療などさまざまな治療方法が必要となりますが、すべての治療に対応しています。また食道がん手術を受ける方の術前準備から退院後の社会復帰までを、他職種医療チーム(周術期サポートセンター)でサポートしています。

【1. 食道疾患について】

 1-1.食道について

消化管といえば胃や大腸を思い浮かべる方が多いと思います。食道はどこにあってどんな役割をしているのでしょうか?

食道は口で摂取した食べ物を胃に送るための細長い筒状の管です。おおよそ、のど仏からみぞおちまでで、約25cm程度の臓器です。その位置は背中側で背骨の前に位置しています。

食道について

頸部を走行する食道は頸部食道、胸部を走行する部分は胸部食道および腹部を走行する部分は腹部食道と呼ばれます。胸部食道は気管分岐部(気管が左右に枝分かれする部分)までが上部胸部食道、気管分岐部から横隔膜までの食道の上半分が胸部中部食道、下半分のうち腹部食道より上部の部分を胸部下部食道と呼んでいます。

胸部には心臓、肺、大動脈や気管といった生命をつかさどる重要な臓器が密集しています。食道はそれらの重要臓器に密着するように走行し、口から摂取した食べ物を胃に送る働きをしています。食道は規則正しく筋肉を収縮させ、蠕動運動により胃まで食べ物を送り届けています。そのため、有効な蠕動運動のために食道は薄く伸び縮みしやすい外膜という膜で覆われています。(胃や大腸は漿膜というしっかりとした膜で覆われています)

一方で、食道には消化吸収能力はなく、食べ物の通り道に過ぎません。そのため、消化吸収を行う胃・小腸および大腸は腺上皮という粘膜で覆われていますが、食道は咽頭と同じ扁平上皮という粘膜で覆われています。

 1-2.食道の病気について

食道の病気としては主なものとしては腫瘍性疾患(できもの)、機能性疾患(胃液の逆流や狭窄による病気)があります。

① 腫瘍性の病気
I. 食道がん(悪性のもの)
II. 平滑筋腫(良性のもの)

② 機能性の病気)
I. 胃食道逆流症(GERD)
胃液が食道にもどってきて胸やけを引き起こします。高度な食道裂孔ヘルニアが原因の際には腹腔鏡を用いた根術(Toupet法、Nissen法)を行います。

II. 食道アカラシア
食道の出口からうまく食べ物が流れていけないために嘔吐や胸痛が生じます。軽症例ではカルシウム拮抗薬による薬物治療を行います。中等症ではバルーンによる拡張術を行います。重症例では腹腔鏡を用いた根治術(Heller Dor手術)を行います。

食道に病気がある時は胸やけ、食道がしみる感じ、つかえ感、咳が生じることが多く、悪性の場合は声がかれたり、体重が急に減ったりします。こういった症状がある時は食道外科専門医の受診が必要です。

【2. 食道がんについて】

 2‐1.食道がんの概要

わが国では、年間約25,000人の方が食道がんに罹患しています。60歳以上の方に多く、たばこ 、お酒 、熱い食べ物、飲み物を好まれる方は要注意です。男女比は6:1と男性に多い病気です。食道がんは予後が悪いといわれていますが、早期発見すれば完治できる病気です。食道がんはほとんどが食道粘膜から発生します。食道の粘膜は扁平上皮で覆われているので、日本では多くの方が扁平上皮癌(90%)です。一方、欧米では胃酸が食道に逆流することによって起こる逆流性食道炎を背景にがんが発生することが多く、この場合、逆流性食道炎によって傷害された扁平上皮にかわり胃から伸び出してきた腺上皮(バレット上皮)からがんが発生するので腺がんが半数以上を占めています。日本でも最近この腺がんが増えてきています。食道がんの症状には、 食道がしみる感じ、食物のつかえ感、胸痛、咳嗽、声のかすれなどがあります。

日本では胸部中部食道に最も多く食道癌ができ、次いで胸部下部、胸部上部にできやすいと報告されていす。粘膜から食道がんは発生しますが進行すると食道の壁を突き破るように大きくなります。食道の外膜は薄いために容易に周囲臓器に浸潤しますが、周囲には心臓、肺、気管および大動脈といった生命をつかさどる重要臓器が存在するため、それらの臓器浸潤が生じた場合は生命の危機につながります。
また、食道はリンパ系が発達しています。そのためがんが進行し、食道の壁内にあるリンパ管にがんが入り込むと、比較的早期の段階で頸部および腹部方向へ容易にリンパ節転移を生じやすいという特徴があります。そのため、食道がんの予後はすい臓がん、肝臓がん、胆のう・胆道がんについで4番目に悪いがんとなっています。
当院では食道癌診療ガイドラインに準拠して、まずは外来にてCT検査、上部内視鏡検査およびPET検査などによる臨床病期(進行度)診断を正確に行います。そしてその病期に合わせて治療を進めていきます。

 2-2.食道がんになりやすい人はどんな人?

食道がんの危険因子は飲酒と喫煙です。また熱いもの、辛い物の摂食なども危険因子と考えられています。お酒を飲んで赤くなり、眠気、吐き気、頭痛などの不快なフラッシング反応が起こりやすい体質の人のことをフラッシャーと言いますが、このフラッシャーの方は特に危険です。
これは、アルコールを分解する2型アルデヒド脱水素酵素(ALDH2)の働きが弱い遺伝子型の人に多くみられます。アルコールの代謝物であるアセトアルデヒドの分解が遅いため、毒性のあるアセトアルデヒドが体に貯まることが主な原因となってフラッシング反応を起こします。日本人の約4割の方はフラッシャーと言われていまます。扁平上皮には特にアセトアルデヒドが蓄積しやすい特徴があるため、食道がんが発生しやすくなるのです。
また、喫煙も食道がんの危険因子と言われていますが、お酒を飲みながらの喫煙は相乗効果を生み、危険度が増すことがわかっています。

 2‐3.食道がんの症状

食道は食べ物の運搬を担っている筒状の臓器です。筒と言っても硬いものではなく、伸び縮みできるゴムのような筒です。通常は蠕動運動のおかげで自覚しないで食べ物は通過していきます。しかし食道にがんが発生し、固有筋層にまで及ぶとがんの部分は自由に進展することが出来ないので食べ物が引っかかるようになります。特にがんの浸潤が 2/3 周程度まで拡がると常に「食べ物が詰まる感じ」を自覚するようです。
それ以外の症状としては、「熱いものや辛い物を食べたとき、食道がしみる感じがする」、「背中に圧迫感がある」、「咳が出る」および「声がかすれる」などです。お酒を飲んだ際に赤くなる人でこのような症状が少しでも出た方は、たとえ症状が良くなっても積極的に上部消化管内視鏡検査を受けるようにしましょう。

 2-4.食道がんの検査

食道がんの診断には上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)、上部消化管造影検査および CT検査が有用です。また、がんの転移を調べるために頸部・腹部超音波検査、MRI、PETを適宜行います。なお、食道がんに罹患する方は咽頭がん、喉頭がん、胃癌および肺がんにも罹患しやすいことがわかっています。前出の検査ではこういった重複がんについてもチェックします。

① 上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)
食道がんの発見、確定診断には上部消化管内視鏡検査が極めて有用です。特に早期食道がんは自覚症状もなくバリウムによる上部消化管造影検査で発見することは難しいため、食道がんが心配な方は上部消化管内視鏡検査を受けることをお勧めします。食道がんが疑われる病巣が発見された場合には、その病巣の組織を一部採取して顕微鏡で観察してがん細胞が認められるかを確認することで確定診断になります。なお当院では苦痛の軽減および咽頭・喉頭のスクリーニングのために、経鼻内視鏡を積極的に取り入れています。

上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)
左上:通常観察:▲で 囲まれた領域に食道がんを認めます。
左下:ヨード染色所見:ヨード染色では正常食道は茶色に染色されますが、食道がんの部分は染色されません。
右上:画像強調観察所見:通常観察とは異なる波長の光をあてて観察する方法です。食道がんの領域は茶職に描出されます。
右下:拡大内視鏡所見:がんの表面の微小血管構造を確認し、早期の食道がんの壁深達度の診断に用いられます。

② 上部消化管造影検査(バリウム検査)
食道がんの病巣の位置や壁深達度を診断するためにバリウムを用いた上部消化管造影検査を行います。矢印の領域に隆起した食道がんを認めます。

上部消化管造影検査(バリウム検査)
③ 頚胸腹部CT検査
食道がんの深さを評価し、リンパ節転移、肝、肺などへの転移がないかを調べる検査です。特に進行している食道がんが気管や大動脈など周囲臓器に浸潤していないか、食道周囲のリンパ節や肝臓・肺などの臓器転移をしていないか、診断する際に有用です。

④ その他
それ以外にはがんの転移を調べるために頸部・腹部超音波検査、MRI、PETを適宜行います。

 2-5.食道がんの進行度

食道がんの進行度は、がんがどの深さまで浸潤しているか(壁深達度:T)、リンパ節への転移があるか、ある場合はどのくらい広がっているか(リンパ節転移:N)および肝臓、肺などへの臓器転移があるか(遠隔臓器転移:M)という3つの要素で決定します。

① 食道がんの壁深達度
食道の壁は内側から大きく分けて、粘膜、粘膜下層、固有筋層および外膜の4層から成り立っています。食道がんは粘膜から発生しますが徐々に深く浸潤していきます。
がんの浸潤が粘膜T2にとどまる場合はT1aと表現されます。ついで粘膜下層におよぶとT1b、固有筋層に達するとT2、外膜に達するとT3と表現されます。さらに深くなり食道壁を突き破り周囲臓器に到達するとT4と表現されます。T4のうち合併切除が可能な胸膜、心膜、横隔膜などへの浸潤ではT4a 、大動脈や気管・気管支など合併切除が困難な臓器浸潤はT4bと定義されています。

食道がんの壁深達度
② リンパ節転移
リンパ節転移は原発病巣の食道周囲や近傍のリンパ節転移を起こしやすい頻度順に第1群から4群まで分類されており、食道がんができた場所に応じて定められています。

なお壁深達度やリンパ節転移、遠隔転移は上部内視鏡検査、上部消化管造影検査、CT検査およびPET検査を行い診断し、その結果をもとに以下の進行度表を用いて決定されます。

食道がんの進行度表
食道がんの進行度表


T4a:胸膜、心膜、横隔膜、肺、胸管、奇静脈、神経 
T4b:大動脈、気管、気管支、肺静脈、肺動脈、椎体 

食道癌取り扱い規約第11版より引用

 2‐6.食道がんの治療

食道がんの治療には、内視鏡治療、手術療法、放射線療法、化学療法(抗がん剤治療)の4つの柱があります。それぞれ
内視鏡治療:体の負担が軽い
手術:強力、しかし負担が大きい、一度だけしかできない
放射線:強力、しかし負担が大きい、一度だけしかできない
化学療法:パワーはやや劣るが繰り返し施行できる

という特徴があります。以下に示す食道がん治療のアルゴリズムに準じて治療を行いますが、食道がんの進行度に加え、全身状態、患者さんや家族の希望を加味して適切な治療を行っていくことになります。

食道がん治療のアルゴリズム
食道がん治療のアルゴリズム

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【3. 診療の流れ】

 3-1.初診予約から治療法の決定まで

豊島病院予約センターに電話(03-5375-5489/平日:9時00分~19時00分、土曜日:9時00分~12時00分)で初診予約をお取りいただきます。治療が迅速に行えるよう、通常は1週間以内に予約が取れるように調整しています。
初診の際には食道がんの進行度及び全身状態を確認する検査を、1週間程度を目安に行えるように計画します。具体的には上部消化管内視鏡検査、上部消化管造影検査、CT検査およびPET検査で進行度を評価します。それに加えて採血、心電図、心臓エコー検査などの諸検査で全身状態のリスクを判断していきます。
そのうえで関係各科が参加するカンファレンスで治療方針を検討します。

 3-2.入退院支援グループの入院サポートを受診

食道がんの手術には、外科医師だけではなく、麻酔科医師、リハビリテーション部門(理学療法士、言語聴覚士)、歯科医師、看護師、薬剤師、臨床栄養士など様々な部門のスタッフによるサポートが重要です。治療方針が決定しましたら、多職種から構成される入退院支援グループの入院サポートを受診していただきます。手術前からのリハビリテーションの介入、歯科による口腔内衛生状態の改善および麻酔科による周術期のリスク評価及びその管理が重要です。当院では食道がん治療がスムーズに進むように、各部門の専門スタッフによる周術期サポートチームが診療を担当し、術後の早期の回復および社会復帰が可能となるように取り組んでいます。

 3-3.重複がんに関して

食道がんの方には咽頭がんや喉頭がんなどの頭頚部がんや胃がんなどが合併しやすいことがわかっています。このように⾷道がんが⾒つかると同時に発⾒されたほかのがんを「重複がん」といいます。重複がんがないかを確認するため、上部消化管内視鏡観察においては最新の経鼻内視鏡を用いて咽頭喉頭領域の詳細な観察を行っております。万が一、頭頚部がんが発見された場合は他科と連携し、患者さんの病気や背景に応じた最良の治療を提案して参ります。

【4. 食道がんの手術】

 4-1.食道がんの手術

食道がんの手術はステージ0期からIII期まで幅広いステージのがんに行われます。ステージII期・III期の食道がんでは手術前に抗がん剤治療を行ってから手術を行うのが標準治療となっています。またステージIVaでそのままでは切除できないがんの場合でも、強力な抗がん剤治療をまず行い、切除できる状態になった時点で手術を行うという方法も行います。
食道は広範囲に及ぶため、頸部食道、胸部食道および腹部食道のすべての領域にがんが生じる可能性があります。発生部位によって手術の方法が異なります。

 4‐2.胸部食道がんの手術

食道がんの多くは胸部食道から発生します。胸部食道の周囲には心臓や大動脈、気管、肺など重要臓器が存在します。

よって、それらの重要臓器をよけながら手術を行う必要があります。そして食道はほぼすべて切除します。これは、食道はリンパ組織が発達しており、頸部から腹部までの広範囲のリンパ節に転移を生じやすいため、しっかりとしたリンパ節郭清(リンパの掃除)を行う必要があるために食道をほぼすべて切除する必要があります。

切除した食道の代わりには胃を細く筒状にした胃管を用いることが一般的です。胃管は頸部まで引き上げて残った頸部食道と左頸部でつなぎ、食べ物の通り道を作成します。

胸部食道がんの手術
胸部食道がんの手術

通常、患者さんは左側を下にして横になり、肋骨(あばら骨)に沿って右胸の前半分に創ができます。胸部食道がん手術では右胸部、左右頸部及び腹部の3領域に手術操作がおよぶ、患者さんへの負担が大きい手術です。

胸部食道がんの手術
肋骨は切除せず、肋骨と肋骨の間を拡げて胸を開きます。肺は風船のようなもので空気を吹き込めば膨らみますが、空気を抜けばしぼみます。そのため手術の際には右肺には空気が行かないような特殊な麻酔をかけます。こうして右肺をしぼませてタオルで包むと図に示したような良好な視野を作ることが出来ます。そして椎骨(背骨)の前に存在する食道を切除します。
胸部操作の間は左肺だけによる換気を行っており(分離肺換気)、体にはとても負担がかかる状態となっています。そのためできるかぎり胸部操作は短時間で確実なリンパ節郭清を行う必要があります。当院では食道外科専門医を含む食道がん手術に精通した医師が手術を担当します。また習熟した麻酔医、手術室看護師が協力して手術を行っています。

 4‐3.縦隔鏡下食道切除術(Mediastinoscopic esophagectomy with lymph node dissection=MELD)

また当院では大きな開胸創を要しない低侵襲な胸腔鏡を導入しています。さらに頸部および腹部からの操作のみで食道切除を行い、右肺をしぼませる必要がないさらに低侵襲な縦隔鏡食道切除術を導入しております。当院の東海林は前施設でいち早くこの術式を導入してまいりました。肺をしぼませる必要がなく、術後早期からの歩行も可能となり、術後肺炎の減少につながると考えられています。
がんの進行度や全身状態などを総合的に加味して総合的に手術法を決定しています。

縦隔鏡下食道切除術
縦隔鏡下食道切除術

 4‐4.合併症軽減のための取り組み

胸部食道がんの手術は頸部、胸部、腹部と広範囲にわたり、難易度が高く合併症の発生頻度が高いと言われています。また胸部操作では右肺を一時的にしぼませる必要があり、肺炎が生じ易いことがわかっています。またそれ以外にも、縫合不全(頸部食道と胃管を縫い合わせたところに穴が開く合併症)、反回神経麻痺(声がかすれる)などが生じ易く、これらは時に致命的になることがあります。

当院では術後肺炎予防のために術前から理学療法士によるリハビリの介入、呼吸訓練機による呼吸訓練を導入し、術後にも継続しています。また縫合不全や反回神経麻痺の予防のために様々な工夫を行っています。また発症した場合には早期に発見することが重要であり、そのための検査をルーチンで行っています。それをもとに早期に治療介入して、できる限り早く回復できるような様々な工夫を行っています。

―縫合不全を防ぐための取り組み
食道癌手術では切除した食道の代わりに胃を管状にして作成した胃管を頸部まで持ち上げて残った頸部食道と吻合しています。胃はもともと多数の血管から血液の供給を受けており、越流豊富な臓器です。しかし胃管の作成において血管を処理することなどから吻合に使う胃管先端部の血流は胃の壁の中を伝って供給される血液で栄養される形となっています。そのため血流が良い胃管の作成方法が重要です。また、最近ではICG蛍光法による胃管血流評価が縫合不全予防に有用であることが報告され、臨床応用されています。当院でもICG蛍光法による血流評価を手術中に行って、血流が良い部位で吻合ができるようにして縫合不全を予防する工夫を行っております。

IMAGE1 S™ (KARL STORZ)
ICG試薬を投与後に赤外光を照射して赤外観察カメラを用いて胃管血流を評価しています。
術後は手術翌日および1週間後に細径経鼻内視鏡で吻合を行った部位および胃管の血流の評価を行って縫合不全の兆候が無いかを観察しています。我々の研究により、手術翌日の内視鏡観察によりその後に縫合不全が発症するかの予測が高い確率で可能であることがわかっています。
(Fujiwara H, Nakajima Y, Kawada K, Tokairin Y, Miyawaki Y, Okada T, Nagai K, Kawano T (2016) Endoscopic assessment 1 day after esophagectomy for predicting cervical esophagogastric anastomosis-relating complications. Surgical Endoscopy and Other Interventional Techniques 30 (4):1564-1571.)

検査の結果、縫合不全の発生リスクが高いと判断した場合は食事の開始時期を遅らせるなど、患者様に合わせた、個別の縫合不全予防対策を行っています。

 4‐5.術後の管理について

食道癌の手術は体に負担がかかる大きな手術です。手術当日は集中治療室(ICU)にて管理致します。上述の通り術翌日には経鼻内視鏡にて観察をして縫合不全の兆候が無いかを確認します。術後3日目よりゼリー食、6日目より食事を開始します。経過に問題がなければ術後10-14日ほどで退院となります。詳しくは以下に示すスケジュール表をご参照ください。

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【5. 食道がんの抗がん剤治療】

食道がんの抗がん剤治療は主にステージIV期の切除不能食道がんに対する治療として用いられます。またステージII期、III期の食道がんでは手術前に補助治療として抗がん剤治療を行うことが標準治療となっています。また放射線治療を増強する目的で抗がん剤が用いられています。

食道がんではフルオロウラシル系(5FU、TS1)、白金製剤(シスプラチン、ネダプラチン)、タキサン系(ドセタキセル、パクリタキセル)が用いられており、一次治療としてはCF療法(5FU、シスプラチン)を用いるのが標準治療となっています。それ以外にもこれらの薬剤を組み合わせた治療が行われております。また最近では免疫チェックポイント阻害剤であるニボルマブ、ペンブロリズマブも使用可能となっており、選択肢が以前よりも広がっています。

当院では一次治療としてCF療法もしくはCF療法にドセタキセルを加えたDCF療法を、二次治療をニボルマブ療法、三次治療をドセタキセル+ネダプラチン療法もしくはパクリタキセル(+S1)療法を行っています。使用する抗がん剤の種類、組み合わせ、投与量および投与間隔はがんの進行度、全身状態、併存疾患などを加味して決定していきます。

【6. 周術期サポートチームについて】

食道がんの手術では、外科医師だけではなく、麻酔科医師、リハビリテーション部門(理学療法士、言語聴覚士)、歯科医師、看護師、薬剤師、臨床栄養士など様々な部門のスタッフによるサポートが必要です。当院では多職種から構成される周術期サポートチームによる診療体制を整えて、術後の早期の回復および社会復帰が可能となるように取り組んでいます。

【7. フォローアップについて】

 7‐1.手術後のフォローアップ

食道癌術後は再発の有無を確認するために定期的な検査が必要になります。主な内容としては採血検査、CT検査および上部消化管内視鏡検査です。CT検査は3-6か月ごと、上部消化管内視鏡検査は半年-1年ごとに5年間検査を行い再発の有無を確認していきます。再発する場合は1年以内が最も多く、3年を超えて再発することは比較的少ないですが、5年間はフォローする必要があります。手術も重要な治療ではありますが、術後の定期的な検査が極めて重要です。万が一再発を来たした場合は、その再発形式に合わせた治療を行っていきます。

 7‐2.退院後の生活

食道癌術後は、体の構造が大きく変わっています。退院後に生じる可能性がある症状およびその対処法を示します。

1.小胃症状
食道切除後は胃や腸を食道の代わりに用います。胃がほとんど残っている場合でも、胃の働きが低下し、術後3か月くらいまで、1回の食事摂取可能量は術前の半分以下になります。自宅で経腸栄養を併用したり、食事の回数を4回以上にすることや間食により体力の維持が可能です。その後、3か月から半年で楽に食べられる感じになり、半年から1年を経て量が増えてきます。一旦減少した体重もそれに伴っていくらか増えますが、術前から5-10㎏ほど減少したところで一定となるケースが多いです。

2.逆流症状
食道の切除に伴い、残った食道とつないだ(吻合した)胃や腸の内容が食道に逆流することがあります。逆流内容により酸味(胃液逆流)や苦み(十二指腸液逆流)があり、単に逆流感だけの場合もあります。また、胃の粘液が逆流し、それを痰と感じてしまう場合もあります。症状や内視鏡所見に応じて適切な内服薬が処方されますので、自覚症状を詳しくお伝え下さい。 食後2-3時間は横になるのを避けること、就寝時、腰から上の上半身を15度程起こして寝ることも有効です。

3.つかえ症状
食べ物がつかえる場合、一口目からつかえるのか、少し食べてからつかえるのか、によって原因が異なります。一口目からの場合は食道と胃や腸をつないだ吻合部が狭窄している可能性があります。外来での内視鏡で吻合部を広げることにより良くなります。ある程度食べてからつかえるのは、小胃症状ですので、食べ方を工夫する必要があります。

4.突然の発熱症状
術後には、突然38℃を越える発熱の生ずることがあります。多くは食べ物の誤嚥や消化液の胃からの逆流により消化液が気管や気管支に入って部分的な肺炎(誤嚥性肺炎)を起こすためです。咳や痰を伴うのが普通で、抗生剤が有効です。受診時、担当医に発熱の起きた状況を詳しく説明し、指示を受けて下さい。38℃以上の発熱が2日以上続いた場合は、そのままにせず必ず医療機関を受診して下さい。

5.声のかすれ症状
術後に生ずる声のかすれは、主に声帯を動かす神経である反回神経周囲のリンパ節を摘除したことにより生じます。自然に回復することがほとんどですが、半年以上かかることもあります。それ以後も続き、生活上の不便が有れば、音声専門の耳鼻咽喉科医による治療をお勧めする場合が有ります。

 7‐3.経腸栄養について

食道切除後は前述のように胃や腸を食道の代用に用います。胃がほとんど残っている場合でも、胃の働きが低下し、術後3か月くらいまでは1回あたりの食事摂取可能量は術前の半分以下になります。そのために胃から経腸栄養チューブを挿入して栄養の補助を行っていきます。通常は術後3ヶ月頃に外来で経腸栄養チューブを抜去します。

 7‐4.食道がん術後の予後

日本食道学会による進行度(臨床病期)別の手術症例の生存率が公開されていますが、以下にその結果を示します。ステージⅠまでは概ね治癒すると考えられますが、ステージが上がるとその予後は低下していきます。早期発見、早期治療が重要です。

図20 食道がん切除例での予後曲線(臨床病期別)

The Japanese Society for Esophageal Diseases: Comprehensive Registry of Esophageal cancer in Japan,  2013. Esophagus, 18: 1-24; 2021.より抜粋

 7‐5.重複がんについて

以前の章でも述べましたが、食道がんの方には咽頭がんや喉頭がんなどの頭頚部がんや胃がんなどが合併しやすいことがわかっています。術後、異時性にこういった重複がんが出てくることも比較的多いため、経鼻内視鏡を用いた上部消化管内視鏡観察を定期的に行っていきます。その際には消化管のみならず咽頭喉頭領域の詳細な観察も行っております。万が一、頭頚部がんが発見された場合は、他科と連携して患者さんの病気や背景に応じた最良の治療を提案して参ります。

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【8. 診療実績】

 8‐1.食道手術件数の年次推移

当院での食道関連疾患についての年次推移です。食道外科専門医が赴任したこともあり、コロナ禍にも関わらず、2020年度は食道切除症例数が増加しています。

手術術式2016年2017年2018年2019年2020年合計
食道切除再建術合計411451337
開胸開腹食道切除術41142627
胸腔鏡下食道切除術000325
縦隔鏡下食道切除術000055
食道バイパス術000112
開腹噴門形成術202105
腹腔鏡下噴門形成術004217
特発性食道破裂000011
また、手術関連死亡はなく、縫合不全は7.7%、反回神経麻痺は23.1%に認めておりますがいずれも保存的に軽快しています。

 8‐2.食道がん内視鏡治療の年次推移

当院での内視鏡的治療の年次推移ですが全例ESD(内視鏡的粘膜下層切開剥離術)です。

術式2016年2017年2018年2019年2020年合計
内視鏡的粘膜下層切開剥離術1013713750

【9. 胃食道逆流症(GERD)について】

胃液が食道 に逆流することにより発症する病気で、胸焼け、胸痛、嚥下困難などの症状が多く認められます。そのほかには耳鼻咽喉症状として声のかすれ、耳痛、呼吸器症状として咳、のどの痛み、ひどい場合は肺炎などがあります。喘息と似た症状のこともしばしばあります。GERD発症には肥満や過食および食道裂孔ヘルニア(胃が縦隔に脱出する状態)の存在が関係しています。生活指導、薬物治療といった内科的な治療を優先しますが、食道裂孔ヘルニアが高度な場合などには手術(Toupet法、Nissen法)が必要な場合があります。当科ではそれぞれの患者様に一番適した治療法を選択しております。

 上部消化管造影検査 

胃が上方に大きく脱出しており高度の食道裂孔ヘルニアです。手術の適応と考えられます。

【10. 食道アカラシアについて】

食道下部壁内の神経叢細胞の変性・消失により食道下部の筋肉が弛まなくなってしまう病気です。食道の蠕動運動(動き)も障害され、口側食道の異常拡張が生じます。20代~40代の女性に多い良性の病気です。食物のつかえ感、胸痛、嘔吐などの症状が多く認められます。比較的珍しい病気のため見逃されている場合もあります。薬物治療やバルーン拡張術といった保存的な治療を優先しますが、重度の場合は手術(Heller-Dor手術)が必要な場合があります。上部消化管造影検査(バリウム検査)および上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)にて重症度を評価し適切な治療を選択しております。

上部消化管造影検査

バリウム服用後、食道からの流れが悪く、食道が著明に拡がっています。

【11. おわりに】

食道がん治療では、手術のみでなく、抗がん剤治療、放射線治療、内視鏡治療の専門家が協力して患者様の病態に合わせた治療を行っていく必要があります。そのためには医師だけではなく、看護師、薬剤師、臨床栄養士、理学療法士、放射線技師、医療福祉士など、多くのメディカルスタッフの協力が必要です。当院では食道がんで困っている患者様に寄り添って、チーム一丸となって質の高い医療を実践して参ります。食道のことでお困りの方、食道がんと診断されて困っている方はご連絡を頂ければ迅速に対応致しますのでご一報ください。

上記の疾患に関する診断、治療およびセカンドオピニオンも行っております。
なにか気になる症状がありましたらお気軽にご相談ください。

日本食道学会食道外科専門医 東海林裕
外来日:毎週月曜日 AM 9:00-

東海林 裕の活動紹介