AYA世代のがん患者さんの将来設計を支援 男性編
日本では2人に1人が、がんになるといわれています。
一方で医療の進歩に伴い、5年生存率は向上し、がん治療後の人生を見据えた治療選択をすることが求められています。若い世代のがん患者さんにとって、子どもを授かる生殖能力を維持することも重要な選択肢の一つです。
東京都立駒込病院 腎泌尿器外科の伊藤将也先生に、がん治療によって影響が及ぶ男性の生殖能力とその能力の温存方法について話を聞きました。
都立駒込病院
腎泌尿器外科 医長
伊藤 将也
がん治療で人生をあきらめないために
AYA(アヤ)世代という言葉を耳にしたことがある人もいると思いますが、AYAとは「Adolescent&Young Adult(思春期・若年成人)」の頭文字をとったもので、年齢としては15歳から39歳の方が対象となります。
この世代は、高校、大学への進学、就職、結婚、妊娠・出産など人生の大きな節目を迎えることが多く、がんという病気になったことで将来設計を変更せざるをえない状況になることがあります。
がんが見つかれば、「命」を救うために最善の治療を行うことになりますが、AYA世代の人たちに対しては、がん治療後も続く人生を考えた治療法の選択やQOL(生活の質)を守るための医療を検討することが求められます。
そんなAYA世代の人のがん治療を行う際に考慮すべきことの一つに「妊孕性(にんようせい)」があります。
妊孕性とは「子どもを授かるための生殖能力」のことをいい、男性にとっての妊孕性は、精子を作る働きと精子を体の外に送り出す働きを有することとなります。

泌尿器科領域で妊孕性が一番問題となるのは精巣腫瘍の治療になります。
精巣腫瘍は20~30代と比較的若い年齢で発症することが多いがんで、片側の精巣から発生して、そこからリンパ節転移等をきたしていきます。
精巣はもとから陰嚢の中に発生するわけではなく、胎生期に現在腎臓があるところのそばから発生して、そこから陰嚢の方に入っていきます。
ですので、精巣腫瘍のリンパ節転移は、骨盤の方ではなく、腎臓のそばを中心としたリンパ節にまず転移していくのが特徴的です。
精巣腫瘍における手術療法と妊孕性
転移のない精巣腫瘍の治療の第一選択は、腫瘍がある方の精巣と精索を丸ごと摘出することです。
2つある精巣をどちらも摘出してしまうと妊孕性は失われますが、精巣腫瘍は基本的に片側に発生しますので、この手術だけでは妊孕性は基本的には失われません。
そして治療はこれだけで終了でその後は転移が出てこないかの経過観察を行います。手術における妊孕性のお話としては、リンパ節転移に対して抗がん剤治療後にリンパ節を取り除く手術を行うことがあります。
先にお話ししました様に、この手術で摘出したいリンパ節は腎臓のそばにあり、その付近の脊椎から射精を助ける神経が伸びていくために、リンパ節を取る手術をした後に射精障害をきたすことがあります。
これを避けるべく、リンパ節の切除範囲を小さくしたり、神経を温存するような手術が試みられたりしています。
精巣腫瘍における抗がん剤治療と妊孕性
がん治療においては、手術や放射線治療とともに抗がん剤による治療が大きな位置を占めています。
AYA世代に多い白血病やユーイング肉腫などでも抗がん剤が治療の中心になります。精巣腫瘍の治療においても、転移がある患者さんには必ず抗がん剤治療が行われます。がん細胞は無秩序に細胞分裂を行うことで増殖していきます。
抗がん剤はそんな細胞の分裂を阻むことでがんを縮小・消失させる効果が期待されます。通常、精巣にはバリア機能があり、精巣につながる血管に何か異質なものが含まれていた場合、精巣への侵入は防止されます。しかし、抗がん剤はバリア機能をすり抜けて精巣内に入り、精子を作る細胞にも影響を及ぼします。抗がん剤は精巣内で精子を作るというサイクルも止めてしまうために、抗がん剤治療期間はもちろん、そこから数年程度は精子を作ることができなくなります。抗がん剤治療が終わって精子が作られてきても、約2年間は精子の染色体異常が発生する頻度が高いとされているため、妊娠は避けることが推奨されています。また、用いた薬剤の種類や量によっては、永続的に精子が作られなくなる可能性もあります。AYA世代の方の一番大事な時期に精子が作れないという状態が長期間続くことになりますので、基本的には後述するような精子保存をすることで妊孕性を担保するという形になります。
精巣腫瘍以外の男性の妊孕性にまつわるお話
AYA世代も後半に差し掛かると大腸がんの罹患率が上昇しだします。
大腸がんなどの骨盤の手術を受ける際に、骨盤から陰茎に至る神経を損傷することがあり、これによって射精に障害が出ることがあります。
また、治療上おなかに腸による便の出口(ストマ)を必要とする場合、物理的あるいは心理的に性交渉へのハードルが上がる可能性があります。
白血病や悪性リンパ腫等では精巣にも放射線治療が行われることがあります。
精巣に放射線を当てた場合、抗がん剤同様に精子が作られなくなって妊孕性に影響が出る可能性があります。
また脳腫瘍や脳転移に対しての放射線治療あるいは摘出手術において、脳の特定の部分が障害を受けると、勃起をしようという命令が伝わらなかったり、精子を作るための指令をだすホルモンが分泌されなくなったりして妊孕性に影響が出る可能性があります。
妊孕性を守るには
男性にとっての妊孕性は、精子を作る 働きと精子を体の外に送り出す働きの2種類とお話ししましたが、妊孕性を維持するために、精巣腫瘍のリンパ節を取り除く手術の場合には、勃起や射精に関係する神経を温存するなどの選択肢があります。
勃起や射精がうまくいかないために精子の回収が困難な場合や無精子症の場合の次なる選択肢として、精巣内精子採取術(TESE)によって精巣から直接精子を回収してくるという方法も考慮されます。TESEに関しても、東京都の助成の対象となります。
また抗がん剤治療では精子を作る 働きが影響を受けるという点で妊孕性に影響が及びます。妊孕性に影響を及ぼすと考えられる場合には、治療前に精子を採取して凍結保存を行います。ただし、精通前の小児がんの患者さんの精子保存に関しては現時点で確立された方法はありません。

精子の保存凍結はがん治療を行う医療機関とは別の医療機関で行うことが多く、当院でも信頼できるクリニックをご紹介しています。
冷凍保存した精子は採取した医療機関で管理してもらうのが基本になります。
がん治療が終了し、子どもを望んだときには冷凍保存していた精子を融解し顕微授精を行います。顕微授精とは、顕微鏡を用いて卵子に精子を直接注入し、受精したらそれを女性の子宮に戻します。顕微授精を行う際にはパートナーの女性も卵子を採取する必要があります。
がんと告げられ気持ちが動揺しているときに、まだ見ぬ子どもとの未来まで思い描くことは難しいかもしれませんが、精巣腫瘍など妊孕性に影響が及ぶAYA世代の患者さんには全員に精子の冷凍保存についてお話しています。
精巣腫瘍は進行のスピードの速いがんなので、なるべく早くに精子の保存凍結を行ってもらい、終了後ただちに抗がん剤治療に入ります。
しかし、精巣腫瘍は進行が速い反面5年生存率は高いために、さまざまな 治療を交えてしっかりと治していきたいと考えています。だからこそ妊孕性についても、しっかり考慮していきたいと思っています。
すでに子どもがいる人では精子保存をしないという決断をすることもあります。
一方でAYA世代より上の世代でも子どもを希望して冷凍保存をする人もいます。子どものいる人生を選ぶかどうかは個人の価値観によりますし、パートナー間で決めることだと思いますが、子どもを望んでいたにもかかわらず、病気によってあきらめなければならなかったということがないことを、私たち医療者も望んでいます。
注目情報妊孕性温存療法にかかわる東京都の助成
妊孕性温存療法では、精子を採取し冷凍保存し、妊娠のための治療を行うまでの間、保管しておかなければなりません。
通常は、1年ごとに保管契約の更新をし、保管料を支払います。東京都では「東京都若年がん患者等生殖機能温存治療費助成事業」として、助成金を支給しています。
詳しくは治療している病院の相談窓口やがん診療拠点病院のがん相談支援センターに相談してください。

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最終更新日:令和8年9月2日



