妊娠の先にある不安 不育症とは
赤ちゃんを待ち望んでいるのに、なかなか妊娠しないことを不妊症といいます。
今回ご紹介するのは、お腹のなかで赤ちゃんが育たない「不育症」。
不育症の人の悩み、悲しみ、不安に医療はどのように向き合っているのか、東京都立墨東病院 産婦人科・責任部長で日本不育症学会認定医でもある兵藤博信先生にお話をききました。
都立墨東病院
産婦人科 医長
兵藤 博信

産婦人科 | 墨東病院 | 東京都立病院機構 (tmhp.jp)
不育症とは? 流産経験者は決して少なくない
「不育症」とは、妊娠したものの赤ちゃんが育って生まれるまでには至らなかった状況を複数回経験していることをいいます。
以前は、流産を何回も繰り返していても、その間に無事に出産していると不育症の対象にはならなかったのですが、現在では出産経験があっても、流産を繰り返す場合は不育症として考えられるようになっています。
流産の経験は女性の体だけではなく心も深く傷つけます。
そして、流産を経験した女性は「私が不注意だったから」「無理をしなければよかった」と自分を責めがちです。しかし、現象として「流産」というのは、妊婦さんの不注意が関係することは少なく、比較的高い確率で自然に起こるものです。
子宮の内部に到着した受精卵が着床したと確認されるまでにはおおよそ2週間ぐらいかかりますが、その間に成長をやめて流れてしまう受精卵が非常に多くあると考えられています。
そのような場合、妊婦さんも気づかないことがほとんどです。このような「流産」と、いわゆる一般的な普通の流産との根本的な差はわかりません。ですから、流産をしたことがないと思っている人のなかにも、胎児になる前の段階での「流産」を経験しているはずの人も少なくないはずで、そういうことがあるのが普通だろうと思っていていいと思います。

流産の原因というものは厳密には明らかになっていません。ただ、流産のリスクを高める、関連が深い、などと考えられているものはいくつかあります。
抗リン脂質抗体や血液凝固異常といった血栓ができやすくなるもの、子宮の形が通常と異なるもの、甲状腺機能異常、糖尿病などはリスクを高める要因と考えられますが、同じ条件でも無事に出産することもありますので、いずれも確定的な原因ということはできません。
また、そのほかのリスクに親の染色体異常(均衡型転座など)がありますが、両親から引き継ぐ染色体分離の組み合わせは何通りもあり、児が染色体異常となる明確な確率は事前に計算できません。
ただし、妊婦さんの年齢が上がるにつれ、児の染色体異常が起こりやすいということは統計的に示されています。
不育症の検査と治療
不育症の検査としては、先ほど申し上げた流産のリスクについて調べます。
抗リン脂質抗体や血液凝固異常、糖尿病などについては血液検査を、子宮の形などについては超音波検査やMRI、子宮鏡検査などを行います。染色体異常を調べる染色体検査はご夫婦で受けて双方に行います。
これらの検査から異常が見つかった場合、治療を行うことがある一方、ただ経過を見守るという選択もあります。
不育症の検査は、結果から治療に結びつけられることもありますが、心配事を明らかにして、なおかつ、次に妊娠したときに検査結果に留意しながら注意深くフォローアップしていくため、という面もあります。「不育症の女性は強いストレスを感じている」という研究もあります。
検査に異常がみられようとみられまいと、検査結果やこれまでの妊娠歴を踏まえて寄り添い、不安を取り除く、もしくは軽減するというのが、治療の根幹だといえるでしょう。
不育症の診断・治療のために検査をするわけですが、検査の結果で異常がみられなかった人に「問題ありません」とだけ伝えてしまうことのないよう、気をつけなければいけません。
実際に検査で異常が発見されないケースは多いのですが、このようにただそれを伝えるだけでは、検査を受けた人の心配事には応えていません。
「問題ないのになぜ流産してしまうのか」というように、新たな心配事を生じかねません。
むしろ、例えば抗リン脂質抗体が陽性とわかり、ヘパリンなどの薬物治療を行うほうが、不安という面では解消されたりもします。
テンダーラビングケアという不育症治療の取り組み
不育症のケアに「テンダーラビングケア」というものがあります。
これは、優しさと親愛の情をもって、その人の不安にそっと寄り添う心理的サポートです。
たとえば、妊娠初期に流産したAさんとBさんでは、妊娠初期での流産という事実上の共通項はありますが、流産の経験から傷ついた心やそこから湧き上がる不安の内容は必ずしも一致しません。
不育症の人に寄り添うテンダーラビングケアは、検査の数値から治療を選択するような医療とは一線を画し、その人が感じている不安、なかなか口にできない心の奥の傷などを、会話を通して十分に理解して、それをもとにいろいろなケアを提供します。
テンダーラビングケアは、不育症の治療の基本中の基本だと私は考えています。
テンダーラビングケアは、どのような言葉を選んで話すのか、どのような内容を話すのか、パターン化が難しいところがあります。その人の不安に気づいて、それを解きほぐすのに、そこまでのアプローチもその後のアクションも、患者さん一人一人によって当然異なります。
テンダーラビングケアでは、患者さん自身が、意識の持ち方やそれから先の行動を自ら決められるようになったりもします。
医療者は「このような言葉の選び方ならポジティブにとらえてくれるのではないか」と考えながら、やんわりと示唆するというのが基本になりますが、そのような示唆も人によって異なります。医師のいうとおりにすることで安心が得られるタイプの人もいますが、そのような人に対しては、「こうしてみたらいかがですか」とか「それはこうすれば大丈夫だから」と一歩踏み込んだ発言をすることもあります。
不育症の方が妊娠され、週数が進んできて流産の確率が低くなってきたときに、普通の妊婦外来に通ってもらうこともあると思います。すると彼女たちは、抱えている不安を相談する機会や時間がどうしても少なくなり、その結果、不安が増長してしまうということがあります。流産を経験していなくても妊娠をすれば何らかの不安を抱えるものと思いますし、ましてや不育症の人は人一倍多くの不安を抱えていますので、妊婦健診に携わる医療者はテンダーラビングケアの考え方をもっておいたほうがよいように思います。
疑問や不安は抱え込まずに医療従事者に相談を
現在では不妊症という言葉は多くの人が知っています。不育症という言葉も病院に貼られた啓発ポスターで目にする機会も増えていると思いますが、医療関係者ではない人の目にはどのように受け止められているのか、ときどき考えます。
流産というものは「気をつけていれば回避できる」というものではないことを、妊娠中の人にも、これから妊娠・出産をしようとしている人たちにも、そして周囲の人たちにも正しく届いてほしいと思います。ご家族や周囲に妊娠している人がいたら温かく見守ってください。心配する気持ちから「大丈夫? 大丈夫なの?」と頻繁に問いかけるのもストレスが溜まる原因になりかねませんし、ほどほどの距離感をもってもらえたらいいですね。
妊娠中は、流産を経験した人はなおさら、さまざまな不安を抱え、なんとか解決の糸口を見つけようとインターネットなどで調べ物をすることがあると思います。しかし、そこには落とし穴があり、調べたことで、ますます不安が増長するということもあります。
自分たちだけで解決しようとせずに、不安なことを病院にきてお話してください。
何か心配事が出たときには、最終的にはちゃんと目の前の医療者とお話をして、その不安を解消していくようにしてもらえたらと思います。
医師は忙しそうだからと遠慮をする人もいますが、例えば、伝えたいことを事前にメモ書きしておくと、スムーズにお話ができたりすると思います。
当院は、外国人の妊婦さんも多く受診されていますが、母国語ではない日本語で状況や心配事を話すのは大変です。
そういう場合にもメモ書きが役に立つことがしばしばあります。
また、話をするのは医師だけではなく、看護師や助産師にも気になることがあったら相談してください。いずれにしても、自分たちだけで不安やストレスをため込まないことは、特に妊娠期間中には大事なことです。

最終更新日:令和8年8月7日


