人生の最終段階における適切な意思決定支援に関する指針
令和7年4月1日
はじめに
東京都立神経病院は、神経難病・脳神経疾患の専門病院である。特に神経難病は進行性であるため、患者、家族は診断時から人生の最終段階まで様々な意思決定を行う必要がある。疾患の特徴から意思決定能力の低下、コミュニケーション障害により本人の意向が把握しづらくなることもあるが、対話を重ね、患者本人の思いや願い、価値観を尊重した意思決定支援が重要である。
人生の最終段階における医療のあり方の問題は、従来から医療現場で重要な課題となってきた。厚生労働省は人生の最終段階における医療のあり方について、平成19年に「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を策定した。平成27年には「終末期医療に関する意識調査等検討会」において、最期まで本人の生き方(=人生)を尊重し、医療・ケアの提供について検討することが重要であることを考慮し、「終末期医療」の名称を「人生の最終段階における医療」へ変更した。平成30年には、近年の高齢多死社会化に伴って在宅や施設における看取りの需要が増大し、地域包括ケアシステムの構築が進められていることを踏まえ、アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning:ACP)の概念が盛り込まれた。これにより医療・介護の現場におけるACPの普及が図られ、11月30日を「人生会議の日」として普及を推進している。
このような社会の流れを受け、当院では厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」に基づき、「人生の最終段階における適切な意思決定支援に関する指針」を作成した。
人生の最終段階・ACPの定義
- 人生の最終段階(終末期)とは
[1] がんの末期のように、予後が数日から長くとも2~3ヶ月と予測が出来る場合
[2] 慢性疾患の急性増悪を繰り返し予後不良に陥る場合
[3] 脳血管疾患の後遺症や老衰など数ヶ月から数年にかけ、死を迎える場合
などを想定する。どのような状態が人生の最終段階かについては、患者の状態を踏まえて、多職種にて構成される医療・ケアチームにて判断するものとする。 - ACPとは
将来の変化に備え、本人を主体に、その家族や近しい人、医療・ ケアチームが、将来の医療およびケアについて繰り返し話し合いを行い、本人による意思決定を支援する取り組みのことである。
基本方針
東京都立神経病院では、人生の最終段階を迎える患者がその人らしい最期を迎えられるよう、多職種から構成される医療・ケアチームが、患者とその家族等に対し、適切な説明と話し合いを行い、患者本人の意思決定を尊重し、医療・ケアを提供することに努めます。
- 基本的な考え方
[1] この指針は、人生の最終段階を迎えた患者・家族等と医療従事者が、患者・家族にとっての最善の医療・ケアを考えるプロセスである。
[2] 人生の最終段階における医療・ケア行為の開始・不開始、医療・ケアの内容の変更、医療・ケア行為の中止等について、本人の意思を確認する必要があるため、それを十分考えることができるよう可能な限り、疼痛やその他の不快な症状を緩和し、本人・家族等の精神的・社会的な援助も含めた総合的な医療・ケアを行う。
[3] 人生の最終段階における医療・ケアの提供にあたって、医療・ケアチームは、本人の意思を尊重するため、本人のこれまでの人生観や価値観やどのような生き方を望むかを、できる限り把握する。患者の思いの把握については、緩和ケアの評価指標であるIPOS(Integrated Palliative care Outcome Scale)2)を活用することもある。IPOSの主要項目は、「気がかり」「身体症状」「不安や心配、抑うつ」「スピリチュアリティ」「患者と家族のコミュニケーション」「病状説明の十分さ」「経済的や個人的な気がかりに対する対応」であり、症状だけでなく社会的側面、スピリチュアルな側面など全人的な評価からなる。IPOSは原則として患者の主観的評価(Patient-Reported Outcome:PRO)であるため、より正確に患者の症状や思いについて把握することができる。また、患者自身が評価できない場合は医療スタッフが評価するIPOSスタッフ版もある(電子カルテ内テンプレート参照)。
[4] 本人の意思は変化しうるものであることや、本人が自らの意思を伝えられない状態になる可能性があることから、本人が家族等の信頼できる者を含めて話し合いが繰り返し行われることが重要である。
[5] 本人の意思が明確でない場合、および本人が自らの意思を伝えられない状態になった場合に備えて、特定の家族等を自らの意思を推定する者として前もって決めておくことが望ましい。その代理意思決定者と、本人が何を望むか、本人にとって何が最善かを、医療・ケアチームとの間で話し合う必要がある。
[6] 医療・ケアチームは、本人の意思が変化しうるものであることをふまえて、柔軟な姿勢で人生の最終段階における医療・ケアを継続していく。
[7] 本人、家族等、医療・ケアチームの間で話し合いを繰り返し行った場合においても合意に至らない場合には、複数の専門家からなる話し合いの場を設置し、その助言により医療・ケアのあり方を見直し、合意形成に努めることが必要である。院内では臨床倫理サポートチーム(事務局 内線3111)へ相談することができる。
[8] このプロセスにおいて話し合った内容は、その都度、文書にまとめておく必要がある。当院には、事前指示書の書式はないため、話し合った内容については医師診療録や看護師経過記録、患者掲示板等に記録する。
- 患者の意思決定能力
以下の4つの要素から判断する[1] 理解:意思決定のために必要な事項(病気の内容(病名、病状、病期など))、提案された治療と代替案の内容、それによって得られる利益(効果など)と負担(副作⽤など)を理解することができ、話すことができる。
[2] 認識:病気や症状の存在を⾃覚し、治療や意思決定の必要性を⾃分のこととしてとらえている。
[3] 論理的思考:決定内容は、選択肢の⽐較や⾃分自身の価値判断に基づいている。情報を理解して論理的に考えて決定できるか、選択肢が自分に与えうる利益と不利益を理解しながら判断しているか、選択が日常生活に与える影響について述べられるか、選択の内容が一貫しているか、選択は患者自身の推論に基づいているか、等確認する。
[4] 表明:⾃分の考えや結論を伝えることができるか。言葉で伝えられなくても、指さし、首振り、うなづきでも返答できるか等、人に自分の考えを伝えられるかを確認する。自分で伝えられなくても、リビングウィルによる書面や事前に他者に選択を依頼している場合もある。
- 意思決定支援のポイント
[1] 意思形成支援:適切な情報、環境、認識のもとで意思が形成されるよう支援する。
[2] 意思表明支援:形成された意思を適切な(話しやすい)環境を整え、表明・表出することを支援する。
[3] 意思実現支援:本人が意思決定した内容を日常生活・社会生活に反映することを支援する。
- 院内のACP普及啓発
東京都保健医療局の「わたしの思い手帳」を、玄関待合室、3階いこい、各階のエレベーターホールに設置し、いつでも誰でも手にとれるようにしている。
人生の最終段階における具体的な医療・ケアの方針決定支援
- 患者本人の意思が確認できる場合
[1] 患者本人による意思決定を基本とし、家族(もしくは主たる介護者)も関与しながら、厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスにおけるガイドライン」を参考に、医療・ケアチームが協力し、医療・ケアの方針を決定する。決定内容は電子カルテの診療録に分かりやすく記録する。当院の外来は多摩総合医療センター、小児総合医療センターであるため、必要時、その電子カルテに記録しておく。
[2] 時間の経過、心身の状態変化、医学的評価の変更、患者や家族を取り巻く環境の変化等により、意思は変化するため医療・ケアチームは患者が自らの意思をその都度示し、伝えることが出来るように支援する。患者が意思を伝える事が出来なくなる可能性もあるため、その時の対応についても予め家族等を含めて話し合いを行う。
- 患者本人の意思が確認できない場合
[1] 家族等が患者本人の意思を推定出来る場合には、その推定意思を尊重し、患者にとっての最善である医療・ケアの方針を医療・ケアチームとともに慎重に検討し、決定する。
[2] 家族等が患者本人の意思を推定出来ない場合には、本人にとって何が最善であるかについて、家族等と医療・ケアチームにより十分に話し合い、決定する。
[3] 家族等がいない場合、または家族等が判断を医療・ケアチームに委ねる場合は、患者にとって最善と思われる医療・ケアの方針を医療・ケアチームが慎重に検討し、決定する
- 認知症等で自らが意思決定することが困難な患者の意思決定支援
障害者や認知症等で自らが意思決定をすることが困難な場合は、厚生労働省の「認知症の人の日常生活・社会生活のおける意思決定ガイドライン」3)を参考にする。出来る限り本人の意思を尊重し、本人の意思を反映した意思決定ができるよう、家族および関係者、認知症看護認定看護師や認知症ケアチーム、ソーシャルワーカー等が関与して支援する。
- 身寄りがない患者の意思決定支援
身寄りがない患者における医療・ケアの方針についての決定プロセスは、本人の判断能力の程度や入院費用等の資力の有無、信頼できる関係者の有無等により状況が異なるため、介護・福祉サービスや行政の関わり等を利用して、患者本人の意思を尊重しつつ、厚生労働省の「身寄りがない人の入院及び医療に係る、意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン」4)を参考に、その決定を支援する。
引用・参考資料
(1) 厚生労働省。「人生の最終段階における医療・ケアの決定、プロセスにおけるガイドライン」2018年3月改訂
(2) 患者・医療者による緩和ケアの質の評価、Integrated Palliative care Outcome Scale:IPOS(日本語版)使用マニュアル(PDF 1MB)
(3) 厚生労働省「認知症の人の日常生活・社会生活のおける意思決定ガイドライン」2018年6月
(4) 厚生労働省「身寄りがない人の入院及び医療に係る、意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン」2019年5月