脳内鉄沈着を伴う神経変性症の新しい病型:βプロペラ蛋白関連神経変性症(BPAN)

2022年10月1日
神経小児科部長 熊田 聡子

脳内鉄沈着を伴う神経変性症とは、大脳基底核への鉄沈着を特徴とする遺伝性神経変性疾患群で、現在までに10の原因遺伝子が同定されています(表)。βプロペラ蛋白関連神経変性症(BPAN)は、この内の一つです。
この疾患の患者さんは、小児期には知的障害やてんかんを認めるものの安定して過ごされますが、成人早期からパーキンソン症状や認知症が急激に進行して数年で寝たきり状態になってしまいます。こういう非常に特異な臨床経過に加え、頭部MRIで黒質に特徴的な所見(図)が見られることで診断されます。
この疾患はX染色体の上にあるWDR45という遺伝子の変異により生じることが、日本の研究者により明らかにされました (Saitsu H, et al. De novo mutations in the autophagy gene WDR45 cause static encephalopathy of childhood with neurodegeneration in adulthood. Nat Genet 2013; 45: 445-9.)。
WDR45は、オートファジーという細胞内の蛋白分解システムに重要な役割を果たしている遺伝子です。オートファジーがうまくいかないと神経細胞内に異常な蛋白が蓄積し、神経細胞の変性が起こります。アルツハイマー病やパーキンソン病など多くの神経変性疾患の発症にオートファジーの異常が関係していると考えられていますが、BPANはオートファジーに重要な役割を果たす遺伝子の異常が直接証明されたはじめてのヒト疾患です。
今後この病気の研究が、いろいろな神経変性疾患の病態の解明につながることが期待されます。
また、最近はMRIなどを手掛かりに小児期にBPANを診断することが可能になりましたが、この患者さん達が成人期以降に退行しないよう予防する治療薬の開発も期待されます。
当科はこの疾患の患者さんを早期に報告し(Kasai-Yoshida E, et al. First video report of static encephalopathy of childhood with neurodegeneration in adulthood. Mov Disord 2013; 28: 397-9.)、日本での遺伝子解析にも協力しました。また、小児例も報告しています(Uchino S, et al. Stereotypic hand movements in β-propeller protein-associated neurodegeneration: first video report. Mov Disord Clin Pract 2015; Volume 2, Issue 2.)。

BPANの患者さんの頭部MRI図

図.
BPANの患者さんの頭部MRI。T2及びT2*強調画像で、黒質と淡蒼球に鉄沈着による低信号域が認められる。T1強調画像では、黒質の高信号域の中央に帯状の低信号域が認められる(白矢印)。これがBPANの特徴である。大脳は萎縮している。