神経難病・小児期発症神経疾患患者の成人移行期支援について

神経難病・小児期発症神経疾患患者の成人移行期支援について

患者様・ご家族様へ当院の取り組みについてのご案内

成人移行期医療支援チーム

はじめに

「成人移行」や「移行期支援」などの用語を聞いたことはありますでしょうか。小児医療から成人医療に移行する際の支援を総称しており、正式な日本語の名称はまだ決まっておりませんが、当院では「成人移行期支援」と呼んでおります。具体的には小児期に疾患を発症したお子さんが成長し成人期に達すると、加齢による合併症、例えば生活習慣病や癌など成人疾患を発症することがあります。また、医療体制、社会福祉体制も小児の枠組みから成人の枠組みに移行することになります。そのため、成人後に小児科での診療を続けることが難しくなる場合があり、該当する成人の診療科に継続した診療をお願いするのですが、ただ診療科や病院を変われば問題なく小児期と同様の医療を受けられるとは限りません。そのため、自立が可能なお子さんの場合には疾患の理解促進や自己決定支援を行い、自立が難しい患者さんの場合にも包括的な支援が必要と考えています。

 本項では成人移行期支援に関する背景、歴史や現在の取り組み、問題点などについて、特に神経領域は移行期支援が難しい領域と考えられているため、解説したいと思います。

 なお、当院は開院以降、神経・筋難病に対する診断、治療、リハビリ、在宅医療など包括的医療を提供するという使命をもって、診療を続けてまいりました。しかし、この移行期支援については他の病院と同様、様々な課題から支援が難しかったため、2021年に院内に「成人移行期支援チーム」を発足し、患者さんの支援やよりよい移行期支援のための多職種による協議を開始しました。

移行期支援に関する歴史について

 往年の小児科医は幼い命を救うために多大な努力をし、救った命を守るため、強い使命・志を持って患者・家族と向き合ってきました。その努力により、周産期医療をはじめとする小児医療は素晴らしい進歩を遂げ、多くの幼い命が救命され、日本は外国に比べても周産期死亡率や乳児死亡率が低く、安心して出産・子育てができる国に発展しました。そして、近年は在宅診療の充実とともに、多くの医療処置を抱える患者さんも思春期、成人期を迎えられるようになりました。

 患者さんの長期予後の改善と共に、合併症の併発や、成人期発症疾患(生活習慣病や癌など)の治療が必要になることが増えてきました。しかし、小児科医は自身の小児科専門研修の中でこれらの疾患の鑑別や管理、治療については学んでおらず、十分な診療はできません。

 また、社会福祉的な制度についても、小児慢性特定疾患受給者証は20歳まで受給することは可能ですが、20歳以降に必ずしも同じ疾患名で難病受給者証を取得できるとは限らず、自己負担額が上がるなど、社会福祉制度の変更も検討が必要となります。

 これらの医学的および制度的な変化に応じて、患者さんと主治医との関わり合いにも変化が必要となり、最終的には小児医療から成人医療へのシフトチェンジが必要と考えられています。その変化を支援するのが「移行期支援」という取り組みになります(図1)。

移行期医療に関する背景(図1)

 「移行期支援」という言葉があまり認識されていなかった時代には、不適切な方法での移行・転科が見られました。例えば、長年主治医をしていた小児科医の定年に際して、「今後は小児科病棟では診られないし、成人診療科に紹介するので、診てもらってください」と紹介状のみで成人診療科を受診することがありました。紹介を受ける成人診療科の医師は、小児慢性特定疾患に該当するような希少疾患については、「病名」や「治療方針」などが分からないことがあり、そのため診療を断られて患者さんの行き先がなくなってしまうということもあったようです(図2)。

移行期医療に関する背景(図2)

 そのため、様々な分野でどのように小児科から成人診療科への移行を支援すればよいかという議論が活発化しているのが、近年の状況になります。

 「移行期支援」とは何か

 そもそも、移行期支援とは「小児医療から成人医療に切り替えていく過程を支援する」ことを指し、具体的には患者さんが自身の疾患や治療について、理解し、自身で対応できるように支援することと定義されています(ヘルスリテラシーの獲得)。しかし、神経疾患の患者さんの特徴として、成人後も自己決定や自立が難しい患者さんが多いことも事実であり、当院では神経疾患に適した支援が必要と考えています(図3)。

移行期医療に関する背景(図3)

当院の移行期支援の取り組み

 以前は小児科主治医と脳神経内科責任医師のみの相談により、脳神経内科への転科の決定や脳神経内科主治医への申し送りを行っておりました。しかし、これでは小児科と脳神経内科の十分な意見交換ができず、また医学的な説明や病院の都合を患者さんに一方的にお伝えすることとなり、十分な支援もできないと考えられたため、令和3年度より院内に「成人移行期支援医療チーム」を発足し、患者・家族、医師、看護師、医療ソーシャルワーカー、事務職、場合によっては在宅医による多職種で多角的に患者さんの支援を行い、よりよい移行期支援ができるように整備いたしました(図4,5)。

当院における従来の移行期支援の方法(図4)
当院の成人移行期医療支援チーム(図5)

対象となる患者さん・移行期支援の流れ

 移行期支援に関しては、様々な変化を伴うため、当院では時間をかけて説明し、患者さん・ご家族にご理解いただいた上で、進めていきたいと考えております。そのため、一般的には16歳以上が移行期の対象年齢と考えられていますが、当院では中学生くらいから移行についての話題を患者さん・ご家族に提供させていただき、少しずつ支援を進めていきます。

 また、当科で診療を受けている小児期発症神経疾患の患者さんは、疾患の種類や医療処置、治療方法、重症度などが様々であり、移行について一括した基準を設けることは難しいと考えています(例えば同じ疾患の患者さんでも重症な方であれば、神経病院で成人後も診させていただく必要がありますし、軽症な方であれば地域の病院にご紹介し、専門診療が必要になった場合に再度脳神経内科にご紹介いただくということがあります)。

小児医療と成人医療の違いは?

 小児期発症の疾患では多くの場合主治医は小児科(内科系)で、必要時に適宜外科や耳鼻科などの関係各科に受診すると思います。そして、疾患の診断・治療以外にも、成長・発達や栄養、保育園や就学に関する相談、学校との連携、場合によっては家庭内の相談(家族の健康上の問題の相談など)を小児科主治医が包括的に対応し、必要時に助言や指示を出すことが多いと思います。また、入院の場合にも基礎疾患のあるお子さんの場合には主治医のいる病院(このキャンパス内では神経病院や小児総合医療センターなど三次医療機関)で救急外来対応、入院・加療し、自宅退院することがほとんどかと思います。

 しかし、成人医療では小児医療とは異なり、専門診療科による「縦割り」の対応が主となります。これは一般的な成人の患者さんと同じルールに乗るためです。例えば、神経内科的な領域では「てんかん」「神経・筋疾患」「不随意運動」などに関する症状の相談や治療に関しては脳神経内科での治療継続が可能と思われますが、その他の分野に関してはその限りではありません。例えば多摩総合医療センターはいわゆる三次医療機関となるため、今までの小児医療のように「ちょっとしたこと」の相談をお受けすることはできず、基本はまず地域の医療機関に診ていただき、必要時には地域からの紹介を受けて加療を行い、症状改善後には再び地域に患者さんを戻すことになります。そのため、日常的な相談や「ちょっとしたこと」などについては、一次医療機関のかかりつけ医を作っていただくか、すでに訪問診療が入っている患者さんの場合には在宅主治医・家庭医との連携を強化していくことが必要と考えています。これについては、病院として地域の医療機関に移行期支援についての協力をお願いしております。

 合併症を発症した際にも地域の病院と連携することが必要と考えています。今までICUもあるような三次医療機関での加療を常に受けてきた患者さんとしては不安なこともあるかと思いますが、成人診療科で成人として適切な診療を受けるためには、ある程度他の成人の方と同じような対応とする必要があることをご承知いただけますと幸いです。神経病院の脳神経内科に移行となる患者さんも同様です。

 今まで慣れ親しんだ小児科診療からの移行にあたっては、大変なご心配やご不安を伴うものと思いますし、移行・転科したからといって、当科との関係が切れてしまうわけではありません。神経小児科としても成人された患者さんの支援は今後も続けてまいりますので、少しでも安心できる移行期支援について、患者さん・ご家族からのご協力をいただけますよう、お願い申し上げます。