炎症性腸疾患(IBD)センター センターのご案内

炎症性腸疾患とは

炎症性腸疾患は、英語ではinflammatory bowel diseaseと呼ばれ、IBD(アイビーディー)と略されます。広い意味では腸に炎症を起こす全ての病気を指しますが、一般的には「クローン病」と「潰瘍性大腸炎」のことを意味します。クローン病も潰瘍性大腸炎も腸の粘膜に炎症が起こり、粘膜の傷である糜爛(びらん)や潰瘍が生じる病気で、腹痛や下痢、血便などの症状の他に、発熱、体重減少、貧血などの症状がみられることもあります。炎症性腸疾患では、これらの症状が悪くなったり(再燃)、良くなったり(寛解)を繰り返すことが特徴です。いまだ発症する原因は分かっていませんが、近年の研究により病気の仕組みが少しずつ解明され、遺伝的要因や環境因子、腸内細菌叢の異常などの要因が複雑に関わり、体内で免疫を担当する細胞の反応異常を起こし発症すると考えられています。IBDは世界的に増加傾向にある病気ですが、日本でも同様に急激に患者数が増加しています。好発年齢は10歳代後半から30歳代前半といわれていますが、小児期に発症する患者は全体の約20%程度といわれています。

クローン病医療受給者証発行件数の推移
潰瘍性大腸炎医療受給者証発行件数の推移

難病情報センターホームページ(2023年8月現在)から引用

どうやって診断するの? 

腹痛や下痢、血便などの症状からIBDを疑えば、血液検査で炎症反応の上昇や貧血および低栄養の有無などを調べます。便の検査では便潜血の有無を調べますが、近年、‘カルプロテクチン’や‘ロイシンリッチα2グリコプロテイン(LRG)’などの新しいマーカーも注目されています。IBDの患者ではこれらのマーカが高値となり診断の補助や病勢の評価に使われています。しかし、IBDの確定診断には直接消化管粘膜を観察できる内視鏡検査と、検査時に粘膜組織を採取して顕微鏡で調べる病理検査(生検組織学的検査)が必要となります。国内でも小児の内視鏡検査を専門的に行うことができる施設は限られていますが、当院では小児の消化器疾患の専門家により安全に内視鏡検査が行われ、IBDの適切な診断が可能です。IBDの診断には小腸の評価も重要になり、当院では小腸カプセル内視鏡やMR enterography、超音波検査を用いることで、今まで確認が困難であった小腸病変の評価も可能となっています。

消化管内視鏡機器
超音波検査機器
小腸カプセル内視鏡検査機器

どうやって治療するの? 

IBDの治療は重症度に応じて異なりますが、内服や静脈注射、坐剤・注腸剤などの薬物療法により炎症を抑えることが基本となります。炎症は免疫系の暴走で起こると考えられており、免疫調節薬や免疫抑制薬が用いられることもあります。重症の場合は過剰な免疫を引き起こす体内物質の働きを抑える作用がある生物学的製剤が用いられることがあります。また血液を静脈から体外に取り出し、特殊なカラムに血液を通過させて炎症に関わる成分を吸着させ除去する血球成分除去療法が行われることもあります。栄養療法は、主にクローン病で行われることが多いですが、食事による粘膜の刺激を減らして腸の炎症を抑えながら、栄養状態を改善するために消化吸収に負担の少ない栄養剤の摂取や、太い静脈に留置した中心静脈カテーテルから高カロリーの栄養輸液を投与することもあります。それらの治療でも効果に乏しい場合は、病変部を切除する外科的治療が必要となることもあります。IBDは慢性疾患であり、このような治療が長期間に渡って続くため、さまざまな日常生活のイベントや食事内容などに対して、患児や家族は少なからず不安を抱えて生活をしています。その不安を少しでも解消するためには、患児に疾患や治療について理解してもらう必要があります。そのためIBD診療には医師の他に、看護師、薬剤師、栄養士、心理士、メディカルソーシャルワーカーなどの多職種で連携し、患児に最適な医療を提供する必要があります。当院でも専門性の高い多職種が密に連携をとり、IBDチームとして患児・ご家族の療養生活をサポートし、きめ細やかな医療が提供できるように心がけております。治療は本邦の治療指針や欧米のガイドラインに沿ったものを目指しており、患児の年齢、症状、重症度に合わせて最適な治療を提供できるよう心がけています。

超早期発症型IBDとは

小児期(15歳未満)発症のIBDのうち、6歳未満で発症・診断されたIBDを超早期発症型IBD(very early-onset IBD : VEO-IBD)といい、小児IBD患者の5〜15%がVEO-IBDといわれています。IBDと区別されている理由としては、クローン病や潰瘍性大腸炎の診断基準を満たさない非典型的であることがあり、一般的なIBDの治療に抵抗性を示すことが知られているからです。IBDの発症原因の1つに遺伝的要因が挙げられますが、VEO-IBDは特に遺伝的要因の関与が大きいとされており、単一遺伝子の異常(1つの遺伝子の異常)によって発症するIBDである“monogenic IBD”が含まれます。

Monogenic IBDとは

 近年の遺伝子学の発展により、VEO-IBDの中に単一遺伝子の異常によって発症する“monogenic IBD”の存在が知られるようになりました。遺伝子解析の技術の進歩により“monogenic IBD”の原因遺伝子が次々に報告され、現在では80以上の原因遺伝子が特定されています。これらの中には慢性肉芽腫症、IL-10/IL-10R欠損症、XIAP欠損症という疾患などが含まれます。中でも、慢性肉芽腫症はIBDの治療で用いる生物学的製剤であるTNFα阻害薬の使用により重症感染症を引き起こすことが知られているため使用することができません。反対に、造血幹細胞移植という治療を行うことによって腸炎の治癒が見込める疾患も含まれます。このように診断が確定することで治療方針が大きく変わる可能性があるため、VEO-IBDのお子さんでは、遺伝子検査を検討していく必要があります。

遺伝子検査について 

 現在、本邦では保険診療でmonogenic IBD-17遺伝子(17の遺伝子異常)のパネル解析が可能です。当院でもVEO-IBDで“monogenic IBD”が疑わしい場合は、臨床遺伝科の医師により詳細をご説明させていただいた上で遺伝子検査を提出させていただきます。しかし、前述したように原因遺伝子は80以上知られていますが、保険診療で検査できるのは17の遺伝子です。そのため、遺伝子検査を提出しても原因が特定できない可能性もあります。その場合は研究目的で実施されている全遺伝子の解析も検討する必要があります。

AYA世代医療と移行期医療について

AYA世代医療

炎症性腸疾患(IBD)は慢性に経過するため、小児患者さんでは成長に伴い受験や就職、結婚や転居といった大事なライフイベントに影響を及ぼします。このようにライフステージが大きく変化する15歳~39歳の患者層のことをAYA世代(Adolescent & Young Adult)といい、さまざまなライフイベントに直面する患者さん一人ひとりのニーズに合わせた支援が必要になってきます。AYA世代は子どもと大人の狭間という性質上、患者さんの中には小児診療科外来に通い続けることに違和感を持つ場合も少なくありません。またIBD患者さんは、定期的な外来受診やときに入院治療が必要となることもあり、成長過程でさまざまな制限を受け、学校や部活動など社会生活に支障をきたすこともあります。各年齢層のライフステージに合わせた医療を提供するために、炎症性腸疾患(IBD)センターでは医師や看護師による身体的診療だけでなく、心理・社会的な支援を行うため、心理士やソーシャルワーカーなど多職種が診療に加わり、チーム医療を提供していきます。また病棟には、通信環境を整えたAYAルームを併設し、入院中でも学校や学習塾などの通信教育を受けることができるようにしています。このように炎症性腸疾患(IBD)センターでは消化器科、小児外科、臨床遺伝科、心療内科等のIBD治療に関わる医師とさまざまな職種のスタッフで構成した支援チームでAYA世代の患者さんの診療とサポートに当たり、一人ひとりの患者さんに適した治療環境を整えられるように心がけています。

AYAroom
空6病棟 AYA ルーム
AYAroom

移行期医療

思春期である10代半ばから後半の小児期発症IBD患者さんでは、成長に伴う身体的・精神的変化や妊娠・出産、生活習慣病や癌などの成人期に多い病気など、成人科での対応が必要となる状態や病態が増えるため、移行期医療(トランジション)が重要となります。トランジションは、多くの方にはなじみのない言葉かもしれませんが、慢性疾患を持っている小児患者さんが成人になっても引き続き診療を受けられるように、小児中心型医療から成人中心型医療へスムーズな橋渡しを行う医療のことを指します。成人科への移行には、お子さん自身が病気や治療法の知識を深め、必要時に支援を求められるよう自律することが必要となります。当院では看護師による移行期外来を設置するなど、移行期支援を積極的に行っていますので、ご不明な点等ありましたらご相談ください。