神経膠腫(グリオーマ)について

発生頻度

グリオーマは、神経細胞と共に脳を構成し、神経細胞を支持したり栄養したり神経シグナル伝達を調整したりする役割を果たしている、グリア細胞を起源とする脳腫瘍です。発生率は10万人あたり4人~7人と稀な腫瘍ですが、原発性脳腫瘍の中では20%と2番目に多い腫瘍です。

NCD脳神経外科手術全国統計(2017年)

グリオーマの種類

グリオーマには、性質、予後が大きく異なる複数のグループが含まれており、病理学的な悪性度により4段階に分かれる他、腫瘍が持つ特徴的な遺伝子異常で確認される腫瘍の根本的な性質により分類されます。

グリオーマの種類

発症年齢

下のグラフのように、悪性度が高いグリオーマ、つまりグレードが高いグリオーマほど、発症年齢が高い傾向にあります。

発症年齢

(2009年度脳腫瘍全国集計調査より)

病因

遺伝性の病気は別として、グリオーマの発生原因は不明です。食べ物や生活習慣などを含め、グリオーマを発生させやすくする要因も確立されたものはありません。長時間の携帯電話の使用と関連するという報告もありますが、関連を否定する報告もあり、明らかとはなっていません。後述する通り、複数の遺伝子異常が腫瘍発生に関わっていることが明らかとなっているため、正常な細胞が細胞分裂を行う際、DNAの複製の過程でコピーミスが生じ、不運にもコピーミスが腫瘍形成に関わる複数の遺伝子に生じたことで、腫瘍発生に至ると考えられています。

症状

グリオーマの症状は多彩ですが、腫瘍により頭蓋内の圧が上がることで生じる頭蓋内圧亢進症状と、腫瘍により傷害された脳の部位に応じて機能障害が現れる局所症状があります。頭蓋内圧亢進症状としては、頭痛、吐き気、嘔吐、意識障害などがあり、最終的には生命に関わります。局所症状としては、手足の動きに関わる領域、感覚に関わる領域に腫瘍ができると、反対側の手足に麻痺や感覚障害が起こります。右利きの方は左脳に言語中枢があることが多く、左脳の言語領域に腫瘍ができると、発語や言語理解が難しくなります。後頭葉に腫瘍があると、視野障害を来たします。右前頭葉などの症状が出にくい部位の腫瘍では、かなり大きくなってから発見されることがあります。その他の症状としては、けいれん発作から発症することもあります。

診断

グリオーマの診断は、頭部CTや頭部MRIで行います。造影剤を使うと、より正確に腫瘍を捉えることができます。こうした画像所見で、グリオーマのタイプや悪性度をある程度推察することが可能です。しかし、治療方針を決めるためには、グリオーマのタイプ、悪性度を正確に把握することが重要です。それには腫瘍を摘出して顕微鏡で腫瘍を調べる病理診断が必要で、その際、細胞の形態を見るだけでなく、どのようなタンパク質を発現しているかを免疫染色という方法で確認します。
さらに近年では遺伝子解析が急速に進んでおり、各グリオーマの種類に特徴的な遺伝子異常を確認することで、これまで以上に正確な診断が可能になっています。最新のWHO脳腫瘍分類では、グリオーマの診断に遺伝子異常の情報が取り入れられています。正確な診断は、その腫瘍に最も適した治療を選択するために極めて重要です。さらに、同じ診断名でも各患者によりそれぞれ異なる遺伝子異常を認めるため、今後は各個人の腫瘍が持つ遺伝子異常に合わせた治療を選択することが増えていくでしょう。

膠芽腫、IDH遺伝子変異(-)のMRI画像

膠芽腫、IDH遺伝子変異(-)のMRI画像

治療

グリオーマの治療の基本は、手術による摘出です。グリオーマの手術は、昔と比べて大きく変わってきています。以前のように脳の機能を犠牲にしながら大きく腫瘍を摘出する時代から、脳機能を温存しながら腫瘍を可能な限り多く摘出し、術後の放射線治療や化学療法と組み合わせて、患者の生活の質と治療効果を共に最大限にすることを目指す時代になっています。私たちも機能温存を前提とした脳腫瘍治療を行っており、機能温存を前提とした手術、機能温存を図った放射線治療、化学療法の個別化による機能温存という3つを軸に脳腫瘍の治療を行っています。

脳機能温存のための集学的治療戦略

機能温存のための覚醒下手術

覚醒下手術とは、脳機能を温存しながら脳腫瘍を摘出することを目的とした手術方法です。手術中に麻酔から一時的に覚醒させ、機能を実際に確認しながら腫瘍摘出を進めることで、機能温存を図ります。脳は、領域によって担う機能が異なります。これを脳の機能局在といいます。主な領域として、反対側の手足を動かす一次運動野、反対側の体の感覚を認識する一次感覚野、言語をしゃべるための運動性言語野、聞いた言葉を理解するための感覚性言語野などがあります。これらの領域は、大まかには共通の場所が決まっており、教科書などでは綺麗に色が塗られて示されたりしていますが、実際はその境界ははっきりしたものではありません。特に言語野には個人差があり、利き腕によって左右が異なっていたり、領域の広がりが異なっていたりします。
また、高次脳機能においては、脳のどの場所に位置するのか分かっていないものも多くあります。手術中に全身麻酔で寝ていると、これらの機能が腫瘍の摘出中に障害されても分からないという問題があります。特に言語機能に関しては、全身麻酔中に機能が障害されていないか確認する方法がありません。運動機能や感覚機能については、電気刺激を用いたモニタリング方法がありますが、その場合も精度は100%ではありません。そこで、覚醒下手術では、腫瘍摘出中に目が覚めた状態で会話や手足の運動などを行っていただき、これらの機能が保たれていることを確認しながら腫瘍を摘出します。
重点的に評価する機能は、腫瘍の場所によって異なります。最も腫瘍に近く障害されやすい機能を重点的にチェックします。評価する項目は、個人によっても異なります。たとえば音楽家の患者さんなどは、楽器を演奏する機能が脳のどこに分布しているか分からないので、実際に手術中に楽器を演奏してもらいながら腫瘍を摘出した事例もあります。
その他、術者が操作している脳の位置情報を、コンピューターを用いてリアルタイムで表示するニューロナビゲーションシステムや、MRIの特殊な撮影法を用いて腫瘍の近くの神経線維を描出するトラクトグラフィーなど、近年のテクノロジーの進歩に伴い発達した手術支援機器を用いて、より安全に手術を行えるようになってきています。

機能温存を図った放射線治療

手術に限らず、放射線治療も機能温存が重要です。周囲の正常な脳への放射線量を減らすことで、認知機能などの機能を温存することを図ります。具体的には、周囲の正常な脳へかかる放射線量を可能な限り減らし、腫瘍にかかる放射線量を可能な限り高くするよう、強度変調放射線治療(IMRT)や定位放射線治療(サイバーナイフ)を行います。放射線治療は、手術と組み合わせて行うだけでなく、単独で行う場合もあります。

がんゲノム医療

近年の遺伝子解析の急速な進歩により、腫瘍をその遺伝子異常のパターンによって分類し、腫瘍の性質と臨床経過をより正確に推測できるようになってきています。また、遺伝子異常のパターンにより、各個人それぞれの腫瘍に合わせた、より効果的な治療を選択できるようになってきています。今までは、同じ診断名の腫瘍に対して一律に同じ化学療法を選択していましたが、がんゲノム医療の発展と共に、それぞれの腫瘍が持つ遺伝子異常に応じて薬剤を選択していく時代となっています。
当院は、がんゲノム医療拠点病院に指定されており、積極的にがんゲノム医療を行っています。