Vol.09 2016年の年頭にあたって 松沢病院のチャレンジ

2016.02.05

 新しい年が始まりました。本年も、よろしくお願い申し上げます。

  昨年まで、私たちは、『民間医療機関からの依頼を断らない』、『患者さんに選ばれる病院を作る』、という二つの目標を掲げて努力してきました。4年前、50%内外だった民間医療機関からの依頼受け入れの割合は、昨年末までに80%から90%で推移するようになりました。親しい人が自分と同じような状況に陥ったら、「是非、松沢病院を紹介したい」と考える退院患者さんの割合が半数を超えました。病院の経営指標や臨床指標をホームページ上に公開できるようになりました。

 昨年の活動で、もう特筆すべきことは、増加し続ける外国人の患者さんへの対応の進化です。入院する外国人患者さんの権利を擁護し、不安な入院生活を少しでもリラックスしたものにしていただくために、英語、中国語、韓国語、フランス語、スペイン語、タガログ語の告知文、入院案内の翻訳を終え、院内電子カルテでの使用が可能になりました。

 さて、私はこれまで、松沢病院に求められる基本的なニーズに応える、ということを目標として運営方針を立ててきました。医療機関として患者さんに評価される病院であるべきこと、さらに、税金で運営されている公立病院として、税金を払っている民間医療機関の依頼は断ってはいけないということです。この間、松沢病院の病床稼働率、新入院患者数、外来患者数、外来初診数が大幅に上昇し、経営指標も改善しましたが、それは、公立医療機関として社会のニーズに応えようとしてきた努力に付随する成果であって、経営改善そのものを目指した結果ではありません。

 社会のニーズに応える、ということは、公立病院の基本的な使命です。しかし、社会のニーズに受動的に応えるだけでは、新しい社会は生まれません。今日、精神疾患を持つ患者さんは、依然として多くの偏見にさらされ、有形、無形の差別を受けています。そんな中で、アパートで大声を上げて興奮している患者をすぐに入院させて治療してもらいたい、という社会の要請に迅速に応えることは、公立精神科病院の重要な役割ではありますが、見方を変えれば、周囲に迷惑をかけるという理由で、精神疾患の患者さんを効率よく世の中から排除する役割を果たしていることでもあります。こうした機能が、患者さん自身の利益のためにもなる、と主張するためには、入院した患者さんが、退院後にはよりよい社会適応を果たすという結果がなければなりません。

 2016年、松沢病院は、求められるニーズに応えるというこれまでの受動的な機能から脱皮して、ハンディキャップを持つ人たちが普通に生活できる社会の創造をめざして、新しいニーズを能動的に作り出し、これに応えていくための第一歩を記したいと考えています。第一に、松沢病院が、地域の診療所を積極的に支援することによって、地域医療を推進するということです。たとえば、定期的な副作用のチェックや治療薬血中濃度のモニターを松沢病院で行うことによって、クリニックの診療の質は向上するはずです。少し、調子が悪いとき、あるいは微妙な薬物調整が必要なとき、早めに自分の意思で入院できる病床が増えれば、強制入院を減らせるかもしれません。かかりつけのクリニックの先生に、病院での治療に参加していただくという方法もありえます。第二に、単科精神科病院に入院している患者さんの合併症治療について、松沢病院がすばやく引き受け、しかるべき専門医療機関に転院させるという、ハブ機能を強化することによって、身体合併症医療を充実させたいと思います。第三には、これまで積み上げてきた基本の遵守、私たちの医療行為の公表などを基礎として、新しい精神医療を病院内で実践することです。この3年間、拘束、隔離といった、治療に伴う患者さんの苦痛を最小化する努力を重ねてきました。これからは、ここに留まらず、精神科病棟の中での生活を、社会での生活に可能な限り近づけ、そうした環境下で治療の効果を挙げるという試みにチャレンジしたいと思います。第四には、経営状態の改善です。松沢病院の機能を向上するためには資源が必要です。資源を獲得するためには予算が必要です。納税者が納得する予算を獲得するためには、しかるべき経営努力が必要です。

 本年も、松沢病院の職員に対して、倍旧のご指導、ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。