乳がんについて、改めて考える機会にしませんか?

毎年10月は「乳がん月間」とされ、全国各地で乳がんの早期発見や早期治療を呼びかける「ピンクリボン運動」が行われています。この活動は、日本だけでなく世界各国でも実施されています。
日本では、女性がかかるがんで最も多いのが「乳がん」で、9人に1人が発症するとされています。また、ごく少数ですが、男性にも発症することがあり、1,000人に1人の割合で発症すると報告されています。
今回は、乳がんの最近の動向や遺伝性乳がんと検診や放置リスクについて、駒込病院外科(乳腺)の桑山隆志部長にききました。
都立駒込病院
外科(乳腺)部長
桑山 隆志

注目情報駒込病院 | 東京都立病院機構
注目情報外科(乳腺) | 駒込病院 | 東京都立病院機構
乳がんの最近の動向
これまでの啓発活動によって、乳がんは女性にとって身近ながんの一つとして知られるようになりました。日本では、毎年およそ10万人が乳がんと診断され、これは女性のがんの中で最も多い割合を占めています。一方で、死亡順位で見ると第4位であり、早期に発見できれば比較的治りやすいがんといえます。
しかし、全国の検診受診率は47.4%(2022年時点) で、アメリカやオランダといった欧米の70%前後に比較すると低い水準です。受診率が上がらない理由としては、他の検診と同様に、時間的な制約(例:仕事や育児などで忙しい)や経済的不安などに加え、「初期症状がしこりのみで生活上問題にならない」という点も要因の一つとして考えられます。
また、著名人の発症をきっかけに「男性も乳がんになる」という認識は少しずつ広がっていますが、まだ十分に知られていないのが現状です。

知っておきたい乳がんのリスク|遺伝が関係する場合も
乳がんの原因はまだ明らかになっていませんが、いくつかの要因が関連していると考えられています。例えば、女性ホルモンの影響を長期にわたって受けていること(初経が早い、閉経が遅い、出産歴がないなど)、閉経後の肥満、喫煙や飲酒の習慣、良性乳腺疾患の既往、家族に乳がんの方がいる場合などです。
乳がんは40代から60代の女性に多く見られますが、40歳未満の若い世代の女性や男性に発症することもあります。ここで注意したいのが、乳がんになりやすい遺伝子を受け継いでいる方です。
遺伝性乳がんとは?
遺伝性乳がんは、乳がん全体の約5〜10%といわれており、その多くが「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(Hereditary Breast and Ovarian Cancer:HBOC)」です。採血による遺伝学的検査によってHBOCと診断された場合、一般的な乳がんに比べて若い世代で発症する可能性があり、生涯のうちに乳がんになる確率も70%と高いことがわかっています。
また、HBOCでは、乳がんや卵巣がん以外にも、膵臓がん、男性乳がん、前立腺がんのリスクが高くなります。これらのがんを発症した血縁者が複数いる場合、遺伝性乳がんの可能性が高いと考えられます。
遺伝性乳がんとの向き合い方
伝性乳がんで難しいのは、親から子どもへの遺伝子の受け継がれ方にあります。私たちの体をつくる遺伝子は、父親と母親から一つずつ受け継ぎ、2つで1組として存在しています。もし、親のどちらかが乳がんになりやすい遺伝子を持っていた場合、それが子どもに受け継がれる確率は、性別に関係なく2分の1(50%)です。そのため、親が乳がんを発症していても、必ず原因となる遺伝子を受け継ぐわけではありません。とはいえ、家族に乳がんの経験者がいる場合は、乳がんになるリスクが高くなる可能性があるため、定期的な検診を受けることが重要です。
HBOCが見つかり乳がんを発症していない場合、18歳からはブレスト・アウェアネス、25歳からは半年から年に1回のエコー(視触診)と併せて、年に1回の乳房造影MRI、30歳からは年に1回の乳房造影MRIとマンモグラフィが推奨されています。男性の場合は、35歳から乳房の自己触診、年1回のエコー(視触診)が勧められます。
ブレスト・アウェアネスとは?
「ブレスト・アウェアネス」とは、日頃から自分の乳房の状態に関心を持ち、乳房を意識して生活する生活習慣です。一般的な自己検診とは異なります。
「ブレスト・アウェアネス」で提唱されている4つの項目
- 自分の乳房の状態を知るために、日頃から自分の乳房を見て、触って、感じる(乳房のセルフチェック)
- 気をつけなければいけない乳房の変化を知る(しこりやへこみ、血性の乳頭分泌など)
- 乳房の変化を自覚したら、なるべく早く医療機関を受診する
- 40歳になったら乳がん検診を受診する


HBOCで乳がんを発症した場合には、乳がんになっていない乳房(対側乳房)を予防的に切除する選択肢もあります。
検診の正しい知識と“放置リスク”
日本では、40歳以上の女性に対して2年に1回のマンモグラフィによる検診が推奨されています。乳がん検診の原則はマンモグラフィですが、自治体によっては超音波検査を導入している場合があります。どちらかの検査がほうが優れているというわけではありません。
ただ、マンモグラフィは乳腺の濃さに影響されやすい検査です。特に「高濃度乳房」という乳腺濃度が高い場合、がんを見つけにくいとされています。アメリカでは、マンモグラフィの検診で高濃度乳房と判定された場合、その結果を本人に通知することが法律で義務づけられており、州によっては、追加で超音波検査を実施しています。今後、日本でも同じような流れが広がっていくと予測されています。
MRI検査は、日本では乳がんが見つかっている場合のみ保険適用です。そのため、乳がんが見つかっていない任意の健診目的では保険適用外となり、一般的な検診には用いられていません。
男性の場合は、乳がん検診の制度がないため、しこりなど気になる症状があれば、早めに医療機関で受診しましょう。
乳がんは、早期に発見できれば5年生存率が90%以上と予後は良好ですが、転移してしまうと根治は難しくなります。転移の初期には自覚症状がほとんどないため、気づかないうちに進行してしまうこともあります。放置することが最大のリスクと認識したうえで、治せる機会を残しておくことが重要です。
もし乳がんと診断されたら?標準医療と民間療法
乳がんと診断されると、「どんな治療を受ければいいのか」「民間療法に頼っていいのか」と悩む方も少なくありません。
注目情報標準治療とは
世界中で行われた研究や臨床試験の結果に基づき、有効性と安全性が科学的に確認された治療法です。「現時点で最良の治療」と考えてよいでしょう。がん治療では、大きく、外科的治療(手術)、放射線治療、薬物療法に分類されます。日本の保険診療で提供される標準療法は、世界でもトップクラスの水準と評価されています。
注目情報民間療法について
標準療法のように科学的根拠に基づいた手順を踏んでいないため、治療効果と副作用に関する十分なデータがそろっていません。保険適用外となっており、費用もその分かかってしまいます。
乳がんと診断されたら、まずは、標準医療を選択しましょう。
そのうえで、民間療法を補助的に取り入れるなら、主治医と相談しながら、安全に行うことが大切です。
乳がん治療で近年大きく進歩しているのが薬物療法です。
従来のホルモン療法、抗がん薬に加え、分子標的薬などを組み合わせることで、治療効果が向上しています。分子標的療法とは、がん細胞の増殖や転移に関連する特定の分子を狙い撃ちすることによって効果を発揮し、従来の抗がん剤に比べて正常細胞への影響が少なく副作用も軽く済むことが一般的です。乳がんはステージが進むほど生存率は下がりますが、薬物療法の進歩により、転移があっても長期間にわたり病状をコントロールできる患者さんが増えています。なお、リンパ節転移の場合は「転移している個数」がステージ判定に影響し、大きさは関係ありません。
乳がん専門医からのメッセージ
乳がんは、食事や生活習慣で確実に防ぐことはできません。
しかし、早期に発見できれば、治る可能性が大きく高まります。定期的な検診を心がけることで、これからの自分の安心につなげていただけたらと思います。
ご自身の家系を振り返り、身近に乳がんになった方がいないかを確認してみることも大切です。家族や親戚と話すことが、リスクを知るきっかけになるかもしれません。
また、バランスの取れた食事や適度な運動、禁煙など、基本的な生活習慣を整えることは、がんになりにくい体づくりには不可欠です。大豆製品や乳製品など、乳がんとの関連が取り上げられる食品はいくつかありますが、現時点では「これを食べれば乳がんを防げる」という食品は確認されていません。
正しい判断をするためには、信頼できる情報源から知識を得ることが重要です。一般社団法人日本乳癌学会の公式ホームページでは、「患者さんのための乳がん診療ガイドライン2023年版」を公開していますので、参考にしてみてください。
最終更新日:令和7年12月4日


