特性を知ることで、自分らしく生きる

近年、大人になってからADHDと診断される方が増えています。
ここ10年で診断数が20倍以上に増えたというデータもあり 、ADHDが「大人の生きづらさ」の背景にあることが広く認識されるようになってきました。
大人のADHDは、ある日突然生じるものではありません。
生まれ持った脳の特性が、就職や働き方の変化などをきっかけに「困りごと」として表面化します。
その背景には、本人の能力不足ではなく、環境とのミスマッチがあるといいます。
今回は、大人のADHDとは何か、診断後の治療や支援の実際について、自分らしく生きるためのヒントを都立松沢病院 精神科 思春期・青年期病棟責任医師・稲熊徳也医師に聞きました。
都立松沢病院 精神科
医師 稲熊 徳也

大人のADHDとは何か ― なぜ大人になってから気づく人が増えているのか ―
◾️特性と環境のミスマッチが生む「困りごと」
ADHD(Attention-Deficit Hyperactivity Disorder) は生まれつきの脳の特性であり、主に衝動型、多動型、不注意型の3つに分類されます。
子どもの頃にADHDと診断された方のうち、およそ3分の1は大人になっても特性が続くとされています。
大人になって診断されるADHDは、もともと持っている特性が 、職場などの環境の変化によって「困りごと」として表面化したと考えられます。
大人になってから気づかれやすいのは、不注意型です。
多動型や衝動型は、授業中に落ち着きがない、順番を待てないといった形で現れ、子どもの頃に周囲が気づくことが比較的多いです。
一方で、不注意は、忘れ物や紛失が多い、約束をうっかり忘れてしまうという形で現れ、他者から「うっかりしている」「だらしない」などと受け取られ、性格の問題として見過ごされてしまうケースがあります。

◾️なぜ大人になってから困りやすいのか
診察室でお話を伺っていると、「学生時代は何とかやれていました」と話す方もいらっしゃいます。
学生の頃は、決められた時間割があり、親または先生のサポートもあったおかげで、多少のつまずきがあっても環境に支えられて過ごせていました。
しかし、働き始めると、責任が増え、同時に複数のことを処理する場面も増えます。
その結果、もともとの特性と環境とのミスマッチが生じ、困りごとが目立つようになるのです。
本人は努力しているのに、周囲には「やる気がない」と誤解されてしまうことがあります――。
その経験が重なると「自分はダメだ」と思い込み、うつや不安といった二次的な不調につながることもあります。
一方で、環境が変わることで困りごとが軽くなる方もいます。
これは能力の問題ではなく、特性と環境の相性の問題なのです。

◾️大人のADHDが注目されるようになった背景
ADHDは、日本では成人の約2%、推定300万人とされています。
大人のADHDが広く知られるようになった背景には、SNSを通じた情報共有の広がりも関係していると考えられます。
当事者が自分の経験を発信することで、「もしかして自分もADHDかも」と気づく方が増えたためです。
また、医学的な理解が進むにつれ、社会の認識も変化しています。
ADHDを単なる性格の問題ではなく、「生まれつきの脳の特性」として捉える考え方が浸透してきたことも、大きな変化と言えます。
さらに、コロナ禍以降のリモートワークの普及により、周囲の声かけに頼れない場面が増えたことで、これまで気づきにくかった困りごとを自覚する方が目立つようになりました。効率化や正確さがより強く求められ、社会全体に余裕がなくなっている――。
その表れとも言えるかもしれません。
見逃されやすいサインと受診を考えるタイミング
◾️見逃されやすいサイン
大人のADHDは、医療の対象として気づかれにくい特徴があります。
特に、不注意が中心のタイプ(不注意優勢型)は見逃されやすい傾向があります。目立った問題行動が少ないと、「注意が足りない」「もっと努力すればできる」と性格の問題として片づけられてしまい、結果として医療の対象として意識されないまま過ごしている方もいます。
また、「集中できない」というよりも、「集中のコントロールが難しい」という特徴もあります。
興味のあることには没頭できる一方で、必要だと分かっていても関心を持てない作業にはなかなか取りかかれない。
その極端さゆえに、周囲からは理解されにくく、本人も戸惑いを抱えやすいのです。
◾️「困りごとで生活が回らなくなってきた」、それが受診のタイミング
では、どのタイミングで受診を考えればよいのでしょうか。
私は、生活が回りにくいと感じた時こそ、相談のタイミングだと考えています。
例えば、
• 生活や仕事で、自分自身が困っていると感じている。
• 工夫や努力を重ねても、うまく回らない状態が続いている。
• 自己肯定感が低くなり、不安や不眠など二次的な不調が出てきている。
こうした状態があれば、相談を検討するサインです。
困りごとは主観的なものです。「この程度で相談していいのだろうか」と迷う必要はありません。
相談は、診断を確定するための場ではなく、困りごとを整理する場でもあります。

◾️診断は楽になる工夫を探す手がかりになる
ADHDの診断は、DSM-5やICD-11といった国際的な診断基準に基づいて、精神科医がこれまでの経過や現在の状態を総合的に評価して判断します。ただし、診断を受けただけでは状況が変わるわけではありません。大切なのは、自分の特性を理解し、その特性に合った工夫や支援を見つけていくことです。
具体的には、「何が苦手で、どのような場面でつまずきやすいのか」「どのような場面で力を発揮しやすいのか」を一緒に考えていくことが、生活を少しでも楽にする第一歩になります。
診断後の治療と支援の実際
◾️治療は環境と特性理解を含めて考える
治療で大切なことは、特性と環境とのミスマッチを調整することです。
診断後すぐに薬を使うとは限りません。まずはお話を伺い、どのような場面でつまずきやすいのかを一緒に整理することから始めます。
例えば、仕事や生活を振り返り、ミスや遅れが起きやすい場面を洗い出します。
そのうえで、タスクを細かく分ける、役割や優先順位を明確にする、負荷を調整するといった工夫を考えていきます。
ダブルチェックを取り入れ、期限を見える形にするだけでも、負担が軽くなることがあります。メモや予定表、リマインダー、タイマーやアラームなど、外部ツールを活用することも有効です。
努力で何とかしようとするのではなく、仕組みで支えることを重視します。
また、周囲の理解と配慮も欠かせません。
職場や家庭で特性を共有し、協力体制を築くことで、困りごとが大きくなりにくくなります。
医療現場では、医師の診察と助言に加え、家族や職場との関わり方を一緒に考えたり、心理士によるカウンセリングを併用したりと、複数の支えを組み合わせていきます。必要に応じて、診断書を作成し、職場に合理的配慮をお願いすることもあります。
薬物療法は、こうした取り組みの中で検討する選択肢の一つです。
症状の特徴や生活への影響を踏まえて判断します。
薬を使うかどうかも含めて、「どうすれば日常が少し楽になるか」という視点で考えることが大切だと、私は考えています。
つまずきの積み重ねで生じる依存問題
◾️依存症の併存問題
診療の現場では、ADHDの特性そのものよりも、長年のつまずきや生きづらさが積み重なり、別の問題も抱えた状態で受診される方に出会うことがあります。
代表的なものが、依存の問題です。
依存の対象は、アルコールや薬の過剰摂取(オーバードーズ)、ゲームやギャンブル、スマートフォン、買い物、万引きなどさまざまです。
これらは、一見すると別々の問題に見えますが、背景には共通の構造があります。ADHDの特性によって、衝動性のコントロールが難しかったり、強いストレスを感じやすかったりします。
そこに、特性に合わない環境で無理を重ねると、失敗体験や自己否定、孤立感が積み重なっていきます。
そのつらさを一時的に和らげる手段として、依存的な行動に向かってしまうことがあるのです。
重要なのは、これは本人の弱さや意志の問題ではないという点です。
ADHDは生まれつきの脳の特性であり、養育環境や親の育て方が原因で生じるものではありません。
併存する依存の問題も「どう支え直すか」という視点が大切だと考えています。
医師から伝えたいメッセージ
改めてお伝えしたいのは、「うまくいかない」と感じていることは、能力や性格の問題ではないということです。ADHDの特性と環境とのミスマッチによって生じています。
一人で抱え込まず、周囲の協力を得ながら、少しずつ整えていけばよいのです。
ご家族やパートナーの方には、「本人の性格や努力不足ではなく、脳の特性である」という視点を持っていただきたいと思います。
つまずきやすい場面が目立たなくなるよう、一緒に環境を工夫することが、ご本人にとって大きな支えになります。
相談するのに遅すぎることはありません。
少しでも楽に、自分らしく生きていくために、私たちは伴走しながら支えていきたいと考えています。
最終更新日:令和8年3月25日


