「緩和ケアは“最期の医療”ではありません」
―自分らしく生きるための支えとしての緩和ケア―
「緩和ケアって、もう終わりということですよね?」
医療現場では、いまもこうした声を耳にすることがあります。しかし、このイメージは大きな誤解です。緩和ケアは“人生の最終段階だけの医療”ではなく、病気とともに生きる時間を、その人らしく過ごすための支えです。
東京都立荏原病院
緩和ケア内科 井原 世尊 医長

緩和ケアは「目的」ではなく「手段」
あるブログの一節を紹介します。
「昨夜は急に耳が痛くなり眠れませんでした 。痛み止めを入れていただき、やっと眠れた」
ここで本人が望んでいるのは「眠りたい」という生活上の希望です。痛み止めは、その希望を叶えるための“手段”。緩和ケアも同じく、苦痛を和らげて生活の質を取り戻すための方法です。人が感じる「つらさ」は、体だけではありません。治療上で感じる患者さんの苦痛について、次の3つに整理してみます。
- 体のつらさ(痛み・息苦しさ・吐き気など)
- 気持ちのつらさ(不安・落ち込み・眠れないなど)
- 生活のつらさ(家族・仕事・お金・役割の変化など)
緩和ケアは、この3つすべてに寄り添います。

緩和ケアの対象となる疾病とは
ここで緩和ケアの対象となる疾病について紹介しておきます。
緩和ケア病棟に入院できる病気としては、がん、AIDSですが、2026年6月より透析をやめた腎不全患者も対象になります。
また、入院中に緩和ケアチーム診察を受けられる病気としては、がん、AIDS、末期心不全でしたが、同じく呼吸不全、腎不全患者についても2026年6月より対象となります。
多職種チームが支える「その人らしい生活」
こうした疾病に関して治療前から治療終了後に至るまで、患者さんの心配、困りごとは実に多く寄せられます。
- 痛みなく動きたい
- また口からごはんを食べたい
- 夜、眠りたい
- 薬の副作用が不安
- 医療費の相談をしたい
- 子どもにどう伝えればよいかわからない
- 家で療養したい など
これらは、医師だけでは解決できません。
看護師、薬剤師、栄養士、ソーシャルワーカー、リハビリテーションスタッフ、心理職、歯科衛生士など、多職種が連携して支えます。
緩和ケアとは、「苦痛のある現実」から「その人が大切にしたい生活」へ近づけるためのチーム医療なのです。
緩和ケアはいつから受けられる?
「治療が終わったら緩和ケアに切り替える」というイメージが一般的かもしれません。
緩和ケアは終末期の医療なのでしょうか?
実際に医療者の中でも、10年前は緩和ケア=終末期医療と考えている人多くいました。
手術や抗がん剤、放射線治療などがんをたたく治療をやれるだけ頑張りぬいて、これ以上手の施しようがないと言われた人が、緩和ケアに移行していきました。それをかつては「ギアチェンジ」と呼んでいました。
その流れを劇的に変化させる論文が2010年に発表されました。
論文の主旨はこうです。
診断されたときにすでに転移がある肺がん患者さんたちについて、
- 診断されたときから、抗がん治療とともに緩和ケアをうけるグループ
- 抗がん剤治療のみを受けたグループ
この2つに分けて実験を行ってみました。
結果、約3か月後を比較すると、[1]のはじめから抗がん剤治療と並行して緩和ケアを受けたグループの方が、精神状態と全体的なQOLが改善していたことが分かりました。
このため、最近はがんと診断された時から緩和ケアを受けながら治療を進める方がよいのではないかと言われています。
抗がん剤治療を受けているときは、なるべく副作用などに対応しながら生活を送れるように、抗がん剤治療がたとえできなくなっても、そのあとも苦痛少なく過ごせるように緩和ケアのバックアップを受けるとよいでしょうか。
がん治療中、「治療中なのだからつらいのは当たり前」と考えていらっしゃる方はいませんか。もしかしたら、その当たり前と思っていたつらさを軽減できるかもしれません。
いつでもご相談してみてください。緩和ケアは、あなたが希望したときに受けることができます。
医療用麻薬は怖い?

アヘンから有効成分を抽出したもの→モルヒネなど
(ギリシャ神話の夢の神=Morpheusから命名)
緩和ケアの話題で必ず出てくるのが「医療用麻薬(オピオイド)」への不安です。
オピオイド鎮痛薬とは…
- 神経系の司令塔である脳や脊髄に作用し痛みを抑える薬の総称
- 癌などによる強い痛みに対し、優れた鎮痛効果がある
- 医療用麻薬とも呼ばれ、法律で医療用に使用が許可されている麻薬
- 痛みの治療を目的に適切に使用することが重要
がん患者の70~80%が痛みを経験するといわれていますが、
- モルヒネなどの医療用麻薬は、痛みを和らげ生活を支える薬
- 痛みがある状態で適切に使えば依存症にならない
- 痛みが軽くなれば減量・中止も可能
- 寿命を縮めることはない
「最期の薬」というイメージは誤解であり、痛みを抱えながら生活する時間を取り戻すための薬です。
緩和ケアはどこで受けられる?
緩和ケアは病院だけのものではありません。
- 外来
- 入院
- 自宅
- 老人ホーム
どの療養の場でも受けられる医療であり、生活に寄り添う支援です。
次回は、「ホスピス・緩和ケア病棟とは何か?」「家族も緩和ケアの対象になる理由」 について、歴史的背景と現代の役割を踏まえて解説します。
最終更新日:令和8年5月26日


