― 「もう無理だ」という心の叫びに気づくために ―
近年、10代の若い世代で、市販薬を大量に飲んでしまう「オーバードーズ(OD)」が増えています。
SNSでも「OD」という言葉を見かける機会が増え、社会問題として取り上げられることも多くなりました。
しかし、医療現場で日々若者と向き合っていると、ODは単なる「危険な行動」や「問題行動」として片づけられるものではなく、本人の「もう無理だ」という心の限界のあらわれであることが見えてきます。
東京都立松沢病院の思春期・青年期病棟では、2024年4月から9月までの半年間に入院した10代の患者96人のうち、約3割が市販薬などによるODの経験がありました。また、半数以上に何らかの自傷歴があり、リストカットの経験がある人も3割を超えています。
これらの数字は、若者の心の苦しさが決して例外的なものではなく、社会全体で向き合うべき課題であることを示しています。



市販薬ODが起きやすい理由
ODに使われる薬は、ドラッグストアで簡単に手に入る痛み止め薬や風邪薬などです。
これらの薬には、眠気を強めたり、気持ちを落ち着かせたりする成分が含まれており、若い人にとって「手っ取り早く気分を変えられる手段」として選ばれやすいのです。
たとえば、ある風邪薬には鎮咳作用や鎮静作用をもつ成分が含まれ、またある湿疹用の薬には強い眠気を引き起こす抗ヒスタミン薬が使われています。鎮咳去痰薬にも中枢に作用する成分が含まれており、服用量が増えると意識障害や呼吸抑制などの危険が高まります。
SNSでは、ODの方法や「効き方」に関する情報が拡散されており、必ずしも正確とは限らない知識が広がっています。「これくらいなら大丈夫」「眠れるだけ」などと誤った情報を信じてしまい、危険性を十分に理解しないまま手を伸ばしてしまう若者も少なくありません。
また、家庭や地域とのつながりが弱い若者ほど、問題が深刻化しやすい傾向があります。
いわゆる「トー横」に集まる若者の中にも、OD経験者が少なくないと言われています。孤立感や不安定な生活環境が、ODを「身近な選択肢」にしてしまうのです。
ODは「つらさの対処」として起きることも
ODというと、「自殺を図ったのではないか」と考える方も多いかもしれません。もちろん、明確な希死企図が背景にある場合もあります。
しかし実際には、
・不安やつらさを一時的に和らげたい
・気持ちを落ち着かせたい
・現実から少し離れたい
・誰にも言えない苦しさを抱えている
といった、強い心理的苦痛への「対処行動」として行われることも多いのです。
「死にたい」という言葉を使わない子どもでも、心の中では「このままではつらすぎる」「どうしたらいいかわからない」と追い詰められていることがあります。
ODは、その「限界のサイン」として表面化しているにすぎません。
医療現場では、「死にたい」と訴えて受診する若者もいれば、「つらさを紛らわせたかっただけ」と語る若者もいます。
しかし、どちらの場合も、背景には深い苦しさが存在しています。ODは、本人が抱える問題の「結果」であり、そこに至るまでの過程にこそ丁寧に目を向ける必要があります。
ODに依存する危険性
過量服薬は、一度きりの衝動で終わらず、「つらさから離れる方法」として繰り返されやすい行動です。
大量に薬を飲むと、強い眠気やぼんやり感によって苦痛が一時的に弱まることがあります。しかし、その効果は長続きせず、不安や焦りが再び強まると、「また飲めば楽になれる」という思いにつながります。
この流れが続くと、薬なしでは気持ちを落ち着けにくくなり、量や回数が増える危険があります。
本人は「死にたい」からではなく、つらさを止める方法がそれしかないと追い詰められている場合もあります。だからこそ、早い段階での安全確保と支援が不可欠です。
ODを見たら、医療機関に相談を
過量服薬があった場合、薬の量や種類にかかわらず、命に危険が及ぶ可能性があります。「少し様子を見よう」とせず、すぐに医療機関や救急病院に相談しましょう。判断に迷うときは、救急安心センター事業(♯7119)も利用できます。
大量・複数の薬を飲んでいる、アルコールと併用している、意識がもうろうとしている、嘔吐、呼吸が苦しそうな場合は、迷わず119番が必要です。自傷行為や自殺をほのめかす言葉が重なる場合も緊急性が高く、早い対応が命を守ります。
大切なのはODした背景を一緒に整理すること
ODで救急搬送された場合、まずは身体の安全を確保することが最優先です。
意識状態や循環動態を確認し、飲んだ薬の種類や量、経過時間に応じて適切な処置を行います。
身体が落ち着いたあと、ODした背景を精神科で整理することが望ましいです。
- 自殺の切迫性
- 不安や抑うつなどの精神症状
- 発達特性(特にADHDの衝動性)
- 学校や家庭での困りごと
- ODに至るまでの気持ちや考え
こうした点を一つひとつ整理しながら、OD以外の対処法を一緒に探していくことが大切です。「つらいときにどうすればいいか」「誰に相談できるか」「どんな環境なら安心できるか」これらを本人と一緒に考え、必要に応じて薬物療法や心理的支援を組み合わせていきます。
生活環境を整えることも重要
ODの再発を防ぐためには、生活環境を整えることが欠かせません。
- 薬の管理が難しい場合
訪問看護を導入し、服薬状況の確認や安全管理をサポートする事が出来ます - 家庭の負担が大きい場合
保健所、子ども家庭支援センター、児童相談所などと連携し、家庭だけで抱え込まない体制をつくります。 - 学校生活に 不安がある場合
学校職員と連携して、授業や課題の調整、対人関係のサポートなどを一緒に検討できます。
医療だけで完結させず、家庭・学校・福祉・保健が役割を分担して支えることが、再発予防につながります。
「入院すれば治る」わけではない
ODの背景には、長年の生きづらさが積み重なっていることが多く、数回の外来や一度の入院だけで劇的に改善するとは限りません。
ときには、本人も「やめたいのにやめられない」という薬物依存の状態に陥ることもあります。
だからこそ、本人・家族・学校・医療・保健・福祉が一緒になって、「どうすれば再発を防げるか」、「どんな環境なら安心して生活できるか」 を話し合い、試行錯誤していくことが必要です。
最後に ― 若者の「生きづらさ」に気づく社会へ
若年者のODは、単なる危険行動ではありません。
その背景には、本人の生きづらさや、誰にも言えない苦しさが隠れていることが少なくありません。.
身体の回復だけで終わらせず、気持ちや環境を整えていくことが、再発を防ぐためにとても大切です。
最終更新 令和8年6月22日


