2004年9月号 呼吸停止からの生還・その1

2004.9月号

 先号は予定を変更し、歯科医としては我が国でも有数の症例経験を持つ市川医長に睡眠時無呼吸症候群への対応を紹介してもらいました。手掛けた患者さんの中には何人か連携医の先生もいらっしゃいます。

 本号から数回に渡り、命の危機に瀕した患者さんを生還させた体験をご紹介します。
 事故は昭和61年4月1日に起きました。私が大学の歯科麻酔科に所属していた時のことです。この日は新年度初日で、患者受付システムが大きく変わった日だったため、日付をはっきりと覚えています。それまでは事務方が手作業でカルテを探して患者さんに手渡ししていました。煩雑で、時間がかかり、待ち時間が長くなります。この作業をコンピューター化し、患者さんのID番号を打ち込めばカルテが棚から出てくるようにした初日のことでした。

 ところが、新システムのコンピューターが受付開始早々ダウンし、病院1階ロビーがカルテ待ちの患者さんでごったがえしてしまう事態に陥りました。
 その混乱の中、学生治療室で事故が起こりました。患者さんは18歳の男性。バイク好きで前夜はほとんど眠らずにツーリングをしていました。当日午前中の治療予約で病院に来ましたが、なかなかカルテが出てきません。いつ名前を呼ばれるか分からず、人ごみの中で待っていました。ようやくカルテが出て、担当の学生の治療台にたどり着いたときには昼を回っていました。その間、食事もとっていませんし、寝不足から疲労も溜まっていました。
 治療担当の6年生は、つい1ヶ月半前に臨床実習を始めたばかりでした。エアタービンで下顎前歯の形成を始めましたが、指の固定が悪く、手元が狂って槍状バーで口腔底の粘膜を刺してしまいました。鋭い痛みとともに出血が始まり、学生はあわててガーゼで出血部位を押さえましたが止まりません。唾液混じりの出血が口腔底いっぱいにあふれ、学生はスピットンにこれを吐き出させました。真っ白いスピットンを背景に真っ赤な血がパッと広がりました。これを見た患者さんは「気持ちが悪い」と言い出し、みるみるうちに顔色が悪くなり始めました。

歯科コラム