2008年11月号 抜いてもいいでしょうか?

2008.11月号

 歯科の基本があまりにも理解されていないと、機会あるごとに述べてきました。
 昨年の10月、目黒区医師会館で「これだけは知っていただきたい歯科の基礎知識」と題して、会員の皆さんにお話しする機会を得ました。目黒区役所主催の、かかりつけ歯科医機能推進事業の懇談会の一員に加えていただき、小山隆彦医師会副会長と知り合えたお陰です。目黒区歯科医師会のご推薦の賜でもあります。
 各席にマイクが付いた、医師会館の階段講堂でお話ししました。寝たきり状態の方々の悲惨な口腔内、身の回りの世話に口が入っていない現実。間違いだらけの歯磨き法、歯垢と便はほぼ同じ細菌数→歯周病の話、8020運動も歯の残り方が問題であること、義足で走れなくても義眼で見えなくても不思議に思われないのに、義歯で噛めないとクレームの来る現実、走れる義足は健康保険ではできないこと、等々、これだけはお医者さんに知って欲しい日頃からの思いの丈を、てんこ盛りのスライドに込めてお話ししました。夜8時スタートだったにも拘わらず、皆さん非常に熱心に聴いて下さり、カラオケの何倍も気持ちが良かったです。
 講演後、ある先生から「高血圧患者の抜歯をしたい。エピネフィリン入りのキシロカインを使うが、抜いてもいいだろうか、との照会状を歯科からもらったが、どう返答したらよいものだろう?」と質問を受けました。今までにも「したこともされたこともないから抜歯の侵襲が分からない。痛そうではある。抜いても大丈夫、と返信して事故が起こっても、私は責任とれないですよね。」他科の同僚の先生から尋ねられることが少なくありませんでした。
 一般外科は手術に1%キシロカイン単味を使います。整形、形成外科領域で、出血をなるべく避けたい場合、薄めたエピネフィリンを併用するのを見たことはあります。しかし、歯科領域のように2%キシロカインに1/8万のエピネフィリンを混合して使用したりはしません。われわれの領域は顎骨や歯という緻密な硬組織を扱い、処置も長時間なため、麻酔剤も高濃度となります。単味の2%キシロカインで抜歯を試みたことがありましたが、充分な麻酔効果は5分ほどで消えてしまいました。抜歯途中で麻酔が切れれば患者さんは痛がり、内因性のカテコールアミンが増えて脈や血圧は上がります。安全を期して単味のキシロカインを使った意味が無くなります。医科の手術では必ず循環動態をモニターします。エピネフィリン添加の歯科用麻酔剤を打てば一過性に脈拍や血圧は上昇します。打つ麻酔剤が生体にどのような変化をもたらすか、のイメージをあらかじめ形成しておき、患者さんの身体の中で何が起こっているかを逐一モニターしつつ処置を行えば、闇雲に怖くはありません。
 患者さんの全身状態を照会することは非常によいことです。が、抜歯するかしないかは、医科からの返信を参考にしてわれわれ歯科医自身が判断を下すものです。○○科のお立場から、抜歯についてのご意見をいただければ幸いです、といったニュアンスの照会状にすべきだと考えます。ありがたいことに病院内にいると医科と歯科の両方の立場がよく分かります。ハイリスクの患者さんの観血的処置についての判断にお困りの際はぜひとも当科を思い出して下さい。ご相談ご紹介お待ちしています。

歯科コラム