2005年3月号 呼吸停止からの生還・その4

2005.3月号

 呼吸運動を反映する麻酔器のバッグも確かに動いています。これを見て、修羅場の極度の緊張と興奮から一息つくことができました。先ほどは触知できなかった 頸動脈の拍動も触れます。手首の脈もしっかりと指先に伝わって来ました。さらに顔色は改善し、呼吸も大きくなりました。そろそろ頃合いだろうと頬を軽く叩 きながら「○○さん」と名前を呼ぶと、目がぱっちりと開いたのでした。

 患者さんにはてんかんの既往はありませんでした。てんかんの大発作があれだけ長く続くはずもありません。詳しい原因はわかりませんが、[1]患者さんの寝不 足と疲労、[2]不用意に予告なしに口腔底に加わった痛み、[3]真っ白いスピットンを背景に広がった(大量と錯覚するほどの)鮮血、[4]そして何よりも術者に対す る不信感、恐怖感が背景にあったことは否めません。これらの要素が絡み合い、普通であれば自然と呼吸が回復するものが、不可逆的な状態に陥るまでになって しかったのかもしれません。
 この出来事には幾つかの後日談があります。

【その1】
 固唾を呑んで事の成り行きを見ていた学生達の中に、同僚である長谷川士朗医長が混じっていたことが最近わかりました。

【その2】
 事故で最初に患者さんにとりついた補綴のインストラクターは高山先生(現世田谷区歯科医師会理事)という方でした。この出来事から十数年後のある日、高血圧症患者さんと同伴で当科にいらっしゃり共同で抜歯に当たられました。今では月に1回、われわれが手を焼く補綴の難症例を診に来て下さっています。

【その3】
 例年、歯科麻酔科には卒業生は一人入局すればよい方で、人気はありませんでした。この学年からは「サノ先生のようになるんだ!」と3人もの新人が入りま した。

【その4】
 荏原病院に赴任して間もなく、ある歯科医師会に講演に伺い、本エピソードも紹介しました。講演後、若い先生から声を掛けられました。「その節はお世話に なりありがとうございました。あの時助けていただいた学生です。」

 この出来事の夕方。歯科麻酔科の医局には病院長と学生教育担当教授から各2ダースのビールが届きました。事後の始末を終えた私が医局に戻ってみると、 ヒーローを待つことなく教授以下が振舞酒で既に宴会の真っ盛りでした。

歯科コラム