2004年11月号 呼吸停止からの生還・その2

2004.11月号

 (前号からの続きです)
 顔色が悪くなった患者さんを見て顔色の変わった学生は、インストラクター(補綴科)に注進しました。駆けつけた教官は患者さんの衣服をゆるめて、両脚を頭より高い位置にしました。しかし、患者さんの意識は遠のき、呼吸は細って様子が悪くなるばかりです。状況を見ていた学生実習室付きの婦長は、歯科麻酔科の外来に電話しました。

 外来では私を含む数人が実験をしていました。私が電話を取りました。「あっ、佐野先生、早く来て頂戴!」と電話の向こうで婦長の叫ぶ声。
 年に何回か、学生実習室で患者さんの状態が悪くなることがあります。そんなときは彼女が歯科麻酔科に電話してくるので、婦長とは声が分かるほどの顔馴染みでした。普段は軽い貧血症状程度なので、電話の声にも緊迫感は感じられません。現場に行けば「またオマエかっ!」と思わず言うほど、患者さんをひっくり返す学生は決まっています。相手の痛みが分からない、感性の乏しい学生です。
 この時の電話は明らかに調子が違っていました。この道ン十年の婦長が切羽詰まった声で応援を求めていたのです。

 「下の実習室で何かあったらしい。とにかく行くから、蘇生器具を持ってあとから応援よろしくっ!」と同僚に言って、7階から4階へ駆け下りました。
 人だかりをかき分けて患者さんのそばに寄りました。顔は血の気が失せ、チアノーゼを呈しています。脈はふれません。頬を叩いて呼んでもみましたが顔もしかめず、意識も応答も全くありません。胸に耳をつけたところ、ゆっくりとした(恐らく30~40台/分)心音は聞こえました。呼吸をしていないのです。
 人工呼吸をしなければなりません。「酸素吸入器は?」と婦長に聞いたところ、壁際を指さします。その方向を見ますと、組み立てられていない酸素吸入器が埃をかぶっていました。
 当時、エイズなどの感染症が話題になり始めていましたが、ためらわず、患者さんの鼻をつまんで口にかぶりつき、夢中で呼気の吹き込みを開始しました。 ~続きます~

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