2000年2月号 告白します!私は若いときにヤクをやりました

2000.2月号

 非合法的なものではないことをあらかじめお断りしておきます。

 笑気の多幸感を学生実習で体験し、短絡的に歯科麻酔科に入ってしまったことはお話しました。入局してからは、薬を打たれ た患者さんの気分を知りたく思い、笑気はもとより、鎮静剤、静脈麻酔剤など可能なものは試しました。笑気の多幸感には癖と個人差があることや、ジアゼパ ム、バルビツール系の薬は効き始めたとたんに記憶が抜けるだけで、多幸感は余りないことなどを実感しました。
歯科では患者さんをリラックスさせる目的の静脈内鎮静法と称する方法があります。歯科が苦手の方には大好評です。ジアゼパム、フルニトラゼパムなどの緩 和精神安定剤を使うため、安全な反面、鎮痛効果は弱く、強い痛みを伴う治療には局所麻酔が必要です。鎮痛力の強い麻薬を用いて、呼吸抑制の危険性は排除し つつ、安全かつ局所麻酔なしで抜歯ができないかと、いわば静脈内鎮痛法を思いついた人が先輩におりました。以前にも登場した、過換気に陥った女性にあたふ たした私を救ってくれた医局の先輩です。

 大学にいたある日、“佐野クン、モルモットになってくれないか?ヤクを打ってやるよ!”とこの人から持ちかけられて、一 も二もなくOK しました。クエン酸フェンタニル1アンプルを100cc の生食水で溶き、ゆっくりと被験者に滴下します。歯に貼付した電極から刺激を加えて、痛み閾値の変化を経時的に調べようという研究でした。麻薬を含んだ生 食水がポタポタと身体入って来るに従い、気だるさの極とでも表現すればよいのでしょうか、多幸感がこみ上げ始めました。早春の朝、暖まった布団の中から出 たくない半覚醒の気分。そんな時にぎゅっと掌を握るとくすぐったい感じがしませんか?あれの数十倍の気持ちを想像して下さい。
被験者は締まりのない、幸福そうな顔貌を一様に示すのだそうです。
“佐野クン、この間より量は少ないんだけど、もう一回やってくれないか?”数日後に、再度頼まれ、欣喜雀躍して再度モルモットになりました。目の前で麻 薬のアンプルが切られ、注射器で点滴瓶内に麻薬が入って、滴下が始まりました。ところが、こみあげてくるはずの快感がいくら待っても湧いてこないのです。 飛び方を忘れたピーターパンのように、神経を集中させて飛ぼうとしましたが、浮きません。10分ほどして勘の鋭い私は気が付きました。“騙したなっ!プラ セボ(偽薬)だろ!”どんな実験でも対照をとるのです。
“バレたか。見破ったのは君だけだよ。他のみんなは気持ちいい、気持ちいいと言って、痛み閾値まで上がったんだけどなあ。恍惚の表情のヤツもいたんだ ぜ。”
プラセボと気づいた後も、歯に電撃を受け続け、痛かっただけの実験でした。痛覚は心理状態に大きく左右されることを身をもって知りました。使用済みの麻薬 アンプルに生食水を入れ、さもアンプルを切っているような手の込んだ演出を目の前で見せて、みんなを騙していたのです。ポーカーフェイスの得意なこの人 が、今は母校の歯科麻酔科を主宰している海野教授で、今でも私と痛飲するウマが合う間柄です。

PS:シンポジウムのお知らせ
日時:2月16日(水)午後2時より
場所:市ヶ谷・日本歯科医師会館
テーマ:“かかりつけ歯科医と地域医療支援病院等の連携推進”をいかに行うか
主催:日本歯科医師会と厚生研究事業研究班
当院からは連携担当の前村副院長と佐野(厚生研究一員)がシンポジストとして当院の連携について発表いたします。これも連携医の皆様のご支援の賜物です。 お時間の許す方は是非ご参加下さい。

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