2001年2月号 下顎埋伏智歯抜歯中に歯根が口腔底に迷入してしまった症例

2001.2月号

 1996年2月に「歯科のコラム」の連載を始めて6年目に突入いたしました。連携医の方々から数多くのご紹介を頂き、取り上げたい症例やエピソードが貯まる上に、順番を度外視してもご紹介したいケースが割り込んで来ます。今月もそのような1例です。またまた、市川医長の腕が冴え渡りました。

 毎年、当科が一番忙しくなるのは、ほとんどの診療所が休診となるお盆と年末年始です。松飾りがとれたばかりの夕方5時過ぎ連携医からSOSが入りました。右下の埋伏智歯を抜歯中に、分割した遠心根が口腔底に迷入して見つからなくなってしまいました。たまたま常勤者と研修医の4人とも残っておりました。6時半頃に患者さんは到着し、早速パントモを撮影したところ、2根に分かれた半埋伏歯の遠心根が本来の位置よりやや咽頭寄りに'浮いて'いるのが見えました。下顎骨と重なって写っているので、正確な位置はよく分かりません。オトガイ方向から下顎の咬合型のX線写真も撮りましたが、部位が咽頭部に近すぎて歯根は写りませんでした。とにかく開いてみることになりました。
下顎孔に伝達麻酔をした後、市川医長は縫合を除去し創部を開きました。先ず、残留していた近心根を抜去して、抜歯窩全体を鋭匙と鋭匙ピンセットで丹念に掻爬しました。ガーゼで圧迫止血しつつ吸引を併用して術野を整え、可視域を広げていったのです。探すこと十数分、「あった!」と声があがりました。我々も代わる代わる確認しました。咽頭というべき部位に目指す根が見えました。自分が行ったのではなかったのにうれしかったので、術者はもっと気持ちが良かったに違いありません。吸引と鋭匙を使いながら慎重に口腔外に取り出しました。思わず拍手しました。
ご存じのように下顎骨大臼歯部舌側の歯槽骨は非常に薄く、根をよく確認しないで盲目的にへーベルでつつくと剥離骨折して根が口腔底に迷入する場合があります。迷入直後に送っていただいたのが良かった、日が経ってからでは根が結合組織の中で移動してしまい、体内に迷入した針のように見つけるのが困難になっていた可能性が大きい、とは市川先生の弁でした。術野をきれいに、直視下に操作を進めるという基本の大切さを改めて思い知らされました。数日後には達筆で丁寧な礼状を紹介元の先生から頂きました。

 さて、今回の処置で何点が算定できるかご存じでしょうか?国保の審査に出るようになって4期7年目、審査専門部会(高額 点数レセ審査)の一員である私も知りませんでした。何と5320点なのです。点数分の技術は充分に提供されたと考えます。保険点数の解釈'青本'中に項目 が設けられているのは、たまには起こる証拠でありましょう。

 P.S.:「かかりつけ歯科医機能推進事業」の一環として蒲田・大森歯科医師会の要請を受け、訪問診療先で遭遇する可能性の高い疾患についての講演会を、今年度6回に分けて当院で行ってきました。1月24日の尾花リハビリ科医長の「骨粗鬆症・慢性関節リウマチ」の話でめでたく最終回を迎えました。毎回70人を越える大盛況、ありがとうございました。駐車場完備の当院が会場であったことが成功の一因であったと思います。特に思い出深いのは、前村前副院長の「心臓疾患の話」がオリンピックサッカー・日本対ブラジル戦とぶつかってしまったことです。出席者が非常に少ないのではないかとの予想を覆し、席を急遽追加する程の大盛況になりました。幸い日本も決勝トーナメントに進めました。
企画・運営にあたった蒲田歯科医師会の佐藤充宏理事を初め、両歯科医師会の先生方、会場の設営にご協力下さった医療連携室の皆様、そして夜遅くの講師を快く引き受けて下さった当院精神科土井医長、神経内科長尾先生、前村前副院長(現都立府中病院院長)、添田内科部長、尾花リハビリ科医長に深く感謝申し上げます。

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