2019年11月号 歯科通信<顎関節症の考え方>

2019.11月号
歯科口腔外科 部長 長谷川 士朗(はせがわ しろう)

 ある時、定期的に来院されている患者さんが「急にかみ合わせが合わなくなった」ということでいらっしゃいました。確かに右側の咬む場所が前後に5mmぐらいずれています。不思議なことに痛みが少なく、口の開け閉めにも支障はありません。何かきっかけになるようなことがなかったかいろいろお聞きしたのですが、真犯人は見つかりません。顎の動きは咀嚼筋が決めていますので、筋肉に何かしらの不調和が生じたものと思われます。

 顎が痛い⇒顎関節症ということで、医科の先生方からもご依頼いただくことの多い「疾患」ですが、病因・病態についてはまだ十分に整理されていないところです。古くは顎関節周辺の疼痛・開口障害・関節雑音などの症状をターゲットにかみ合わせを直したり、マウスピースの装着、外科療法などが推奨されていましたが、研究が進み顎関節症という診断名でも症状の多くは顎関節そのものではなく、顎口腔顔面領域の筋膜痛であることが分かってきました。疼痛や開口制限などの機能障害を伴わない関節雑音は治療の対象にならず、顎関節症の症状改善を目的としたかみ合わせの調整は強く勧められないとガイドラインに述べられています。症状のほとんどが自然経過により改善することが多いため、2000年前後には「安静にして様子を観る」ということも方針の一つでしたが、近年は一般的な慢性疼痛の対応と同じく、患者教育・理学療法が重視されているようです。

 先ほどの患者さんは疑わしい素因がいくつかあったのですが、今回の明らかな発症原因は特定することができず、対処療法で経過を観ていましたが、幸い2か月後に元のかみ合わせに戻っていました。病歴聴取と臨床的診察に何が足りなかったのかと釈然としないところですが、注意深く観察し再発を防ぎたい思っています。

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