2005年5月号 クラスプの誤嚥

2005.5月号

 2月初旬の土曜日夕方、旧友との会合が都心で予定されていました。久々なのでとても楽しみ。散髪まで済ませて目黒線で都心に向かいました。奥沢駅手前で携 帯電話が震え、病院からでした。連携医が訪問診療先で部分床義歯の修理中、義歯の鉤が喉の奥に消えてしまったのでした。食堂、気道のどちらかへ既に落ちてしまったと思い、月曜日に調べましょうとお話ししましたが、患者さんは強い嚥下痛を訴えるのだそうです。鉤が声門か食道上部に引っかかっている嫌なイメージが浮かびました。奥沢で電車を降り、タクシーで病院に駆けつけました。

 連携医に付き添われて男性患者さんが到着しました。幸い放射線科の井田医長は残られていて、快く受けてくれました。大臼歯用の屈曲鉤が食道上部に引っかかっていました。
 「発泡剤を飲ませて胃に落ちれば最終的には出てくると思いますが、ファイバースコープで取り出しますか?」と井田先生。誤嚥したものが金属冠など、形の単純なものであればためらいなく胃に送り込んだと思います。しかし、X線テレビ上の屈曲鉤は肛門にたどり着くまでにどこかへ引っかかりそうです。取り出しをお願いしました。井田医長は外科の山下先生を呼んで下さいました。内視鏡室に患者さんを移し、表面麻酔後にファイバースコープが喉に入って行きました。 モニターでわれわれも実況が見られます。スコープ先端の強力な光源で喉が提灯のように灯っています。声門、食道入り口のあたりがひくひくと動いているのが モニターで見えます。患者さんの唾液で視野が曇り、ひっきりなしにファイバー先端の吸引を働かせて視野を確保します。泡だらけの食道上部を往復すること数度、画面に鉤の一部がきらりと光りました。「これです!つかまえて!」
 山下先生は小さなフックをファイバーに送り込み、画面にその先端が現れました。端で見ている者でも肩に力が入ります。フックが鉤をしっかり把持しました。そのままファイバースコープが取り出され、鉤が体外に出ました。連携医と一緒に手を取り合って喜びました。

 以前にも触れましたが、抗生剤のなかった昔は、食道上部に小さな義歯が刺さり、縦隔膿瘍を引き起こして亡くなる患者さんが少なくなかったそうです。急患にはいつも即応してくださる、井田医長率いる放射線科の皆さん、外科の山下先生、ありがとうございました。旧交は温められませんでしたが、お役に立てた爽やかさで心は暖かでした。当院は院内の連携も緊密です。

P.S:6月16日(木)午後1時からの日本老年歯科医学会総会(於:東京国 際フォーラム)シンポジウム「歯科の医療連携を考える(仮題)」のコーディネーターを仰せつかり、当科の話をします。シンポジストの一人として地元大森歯科医師会の細野純先生にも参加いただきます。ご声援ください。

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