【医療・健康コラム】免疫チェックポイント阻害薬と、知られざる神経・筋の副作用

-免疫チェックポイント阻害薬と、知られざる神経・筋の副作用

都立神経病院 副院長
鈴木 重明

近年、がん治療の世界では「免疫チェックポイント阻害薬(ICI)」という新しい治療法が大きな注目を集めています。

これは、私たちの体に備わっている免疫の力を引き出し、がん細胞を攻撃させるという画期的な方法です。
従来の抗がん剤とは異なり、体そのものの力を使うため、副作用が少ないのではないかと期待されてきました。

しかし、実際には免疫が過剰に働きすぎてしまうことで、体のさまざまな臓器に「自己免疫反応」が起こることがあります。
これが「免疫関連有害事象(irAE)」と呼ばれる副作用です。

皮膚や腸、肺などに起こることが知られていますが、実は神経や筋肉に起こる irAE は、診断が難しく、時に重症化することがあるため特に注意が必要です。

本稿では、一般の方にも理解しやすいように、ICI がなぜ神経や筋肉に影響を及ぼすのか、どのような症状が出るのか、そしてどのように向き合っていくべきかを解説します。

がん免疫療法の革命児「免疫チェックポイント阻害薬」とは?

私たちの免疫細胞は、体内の異物を攻撃する役割を持っています。しかし、暴走を防ぐために「ブレーキ」の仕組みも備えています。そのブレーキの一つが「PD-1」というたんぱく質です。

がん細胞はこのブレーキを巧みに利用し、免疫細胞の攻撃を逃れてしまいます。そこで登場したのが「免疫チェックポイント阻害薬」です。これは、PD-1 などのブレーキを解除し、免疫細胞が再びがん細胞を攻撃できるようにする薬です。

日本では2014年にニボルマブが承認されて以来、複数の薬剤が次々と登場し、肺がん、腎がん、胃がん、肝がんなど多くのがん種で使われるようになりました。まさにがん治療の新時代と言えるでしょう。

免疫が強く働きすぎるとどうなる?──免疫関連有害事象(irAE)

免疫チェックポイント阻害薬は、免疫のブレーキを外す薬です。そのため、免疫が過剰に働きすぎてしまうことがあります。すると、がん細胞だけでなく、正常な細胞まで攻撃してしまうことがあるのです。

これが「免疫関連有害事象(irAE)」です。

皮膚炎や腸炎などは比較的知られていますが、実は神経や筋肉に起こる irAE は、全体の 3〜5% と少ないものの、重症化しやすく、迅速な対応が求められます

神経・筋に起こる irAE の特徴

神経や筋肉に起こる irAE には、次のような特徴があります。

  • 治療開始から早期に発症する(多くは4回投与以内)
  • 症状が急速に進行することがある
  • 複数の神経・筋疾患が同時に起こることがある
  • 通常の神経疾患とは異なる症状を示すことがある
  • 重症化すると呼吸困難や意識障害を起こすこともある

がん治療を行う医療機関では、神経内科医との連携が不可欠です。夜間や休日でも相談できる体制が望ましいとされています。

どんな症状が出る?──代表的な神経・筋の irAE

  1. 自己免疫性脳炎
    脳に炎症が起こる病気で、次のような症状が出ます。

    ・頭痛、発熱
    ・意識がもうろうとする
    ・記憶があいまいになる
    ・幻覚が見える
    ・けいれん
    ・歩行がふらつく

    MRI や髄液検査で異常が見つかることがありますが、まったく異常が出ないこともあり、診断が難しい病気です。
    死亡率が約 19% と高いため、早期発見が重要です。

  2.  無菌性髄膜炎
    細菌がいないのに髄膜炎の症状が出る病気です。

    ・強い頭痛
    ・発熱
    ・光がまぶしい
    ・首が痛い

    従来の薬剤性髄膜炎よりも重症化しやすく、脳炎と区別がつかないこともあります。


  3. 多発神経根炎(ギラン・バレー症候群に似た病態)
    手足の筋力が急速に低下し、歩けなくなることがあります。

    ・両足の力が入らない
    ・手足がしびれる
    ・嚥下が難しくなる
    ・呼吸が苦しくなる

    重症化すると人工呼吸器が必要になることもあります。


  4. 重症筋無力症(MG)
    筋肉に力が入らなくなる自己免疫疾患です。
    ICI による MG は通常より重症化しやすく、次のような症状が出ます。

    ・まぶたが下がる
    ・ものが二重に見える
    ・飲み込みにくい
    ・呼吸が苦しい

    数日のうちに「クリーゼ」と呼ばれる危険な状態になることもあります。


  5. 筋炎
    筋肉そのものに炎症が起こる病気です。

    ・強い筋肉痛
    ・首が支えられない(頸下がり)
    ・飲み込みにくい
    ・息がしにくい
    ・血清クレアチンキナーゼ(CK、筋肉の酵素)が大幅に上昇する

    心筋炎を合併することもあり、命に関わる場合があります。

治療はどうするのか?

神経・筋の irAE に対する治療の中心はステロイドです。

免疫の暴走を抑えるために使われます。重症の場合は入院し、点滴で大量のステロイドを投与する「パルス療法」を行うこともあります。

多くの患者さんは治療に反応しますが、重症例では長期入院や人工呼吸器が必要になることもあります。

irAE が出ると、がん治療の効果が高い?

興味深いことに、神経・筋の irAE が出た患者さんは、がんに対する免疫チェックポイント阻害薬の効果が高い傾向があると報告されています。免疫が強く働いている証拠とも考えられ、長期生存につながる可能性があります。

もちろん、副作用が重い場合には治療の中断が必要になることもあり、患者さんと医療者が慎重に判断していく必要があります。

■ 安全に ICI を使うために

免疫チェックポイント阻害薬は、がん治療に大きな希望をもたらしました。
しかし、免疫が強く働くという性質上、思わぬ副作用が起こることがあります。

特に神経や筋肉の irAE は、症状が多彩で診断が難しく、時に重症化します。

だからこそ、

  • 注目情報患者さん自身が症状を早めに伝える
  • 注目情報医療者が神経内科と連携する
  • 注目情報施設として迅速に対応できる体制を整える

    ことが重要です。

免疫チェックポイント阻害薬は、適切な管理のもとで使えば、がん治療に大きな力を発揮します。

副作用について正しく理解し、安心して治療を受けられる環境づくりが求められています。

 


最終更新日:令和8年8月25日

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