墨東発、世界が注目する肺疾患の低侵襲性手術neoDRATS
アジア地域の呼吸器外科・胸部外科領域の国際的な学術集会である「アジア太平洋革新的胸部外科シンポジウム」で、東京都立墨東病院の呼吸器外科の江花部長の学会発表が、2026年度の最優秀口頭発表賞を受けました。
江花先生は欧米人に比べ小柄な日本人などに対するロボット支援下胸腔鏡手術を、いかに安全に確実に行うかを念頭に新たな術式を開発しました。
患者さんの体の負担が少ない「neoDRATS」という術式を中心に、開発者の江花弘基先生に話をうかがいました。

呼吸器外科の手術の変遷とneoDRATSという術式への到達
呼吸器外科では、以前は「開胸手術」といって、胸部を大きく切開し肋骨なども切開して病巣部を切除するのが主流でした。
その後、「小開胸手術」といって、切開部を小さくして患者さんの身体的な負担を軽減する手術へ移行するようになりました。現在は内視鏡を使う「胸腔鏡下手術」や、さらにそこへロボットを投入させた手術など低侵襲性手術が多く行われるようになっています。
胸部を大きく切開しない胸腔鏡下手術に関しても、手術器具の出入り口である穴(ポート)の数を少なくする方向で術式が変化していきました。侵襲性ということを考えていくと、当然ポートの数は少ないほうがいいわけです。
世界ではそのようなアプローチのもと、単孔式胸腔鏡下手術(Uniportal video-assisted thoracic surgery :Uniportal VATS)、1つの穴へといきつきました。
この術式を日本でいち早く導入したのが私たち墨東病院です。
手術用ロボットを使って行う胸腔鏡手術になると、低侵襲といって少なくなっていたはずのポートの数が、なぜか5つ、6つと増えていきました。
そこに矛盾を感じていました。そんな折、世界的に最も有名な呼吸器外科の医師であるスペインのディエゴ・ゴンザレス医師が単孔式ロボット支援胸腔鏡手術(Uniportal Robot-Assisted Thoracic Surgery :Uniportal RATS)を治療に取り入れ始めました。
このたび、アジア太平洋革新的胸部外科シンポジウム(Asia-Pacific Innovative Thoracic Surgery Symposium :APITS)で最優秀口頭発表賞をいただきました。
このときの発表内容は、単孔式胸腔鏡手術のUniportal VATSと二孔式ロボット支援下胸腔鏡手術のneoDRATSを比較したものです。
結論からいいますと、手術時間に関してはUniportal VATSのほうが、若干短いのですが、患者さんの在院日数やドレーン挿入については両群で差異はありませんでした。
つまり、術後の回復についてはUniportal VATSもneoDRATSも変わらないということです。このデータの発表で表彰を受け、ますますneoDRATSへ注目が集まっていると感じています。
neoDRATSという術式が開発されるまで
2025年度の墨東病院の呼吸器外科における手術は324件です。
肺がんなど解剖学的な肺切除が142例で、そのうちの約3割がロボット支援下手術です。
この場合、手術前日に入院してもらい、退院は術後2日か3日となります。一方、開胸手術では1週間から10日ほどの入院になります。
また、合併症が発症すると1カ月ぐらい入院することもあります。
2017年ぐらいに墨東病院に帰ってきたころには、世界的にはUniportal VATSが肺がん手術の主流になっていたのですが、日本ではまだどこもやっていなくて、知人の紹介で中国の上海肺科病院へ休暇を利用して2週間ほど見学に行きました。
戻ってきて始めたのがUniportal VATSですが、台湾などにも3回ほど見学に行っています。
ディエゴ・ゴンザレス医師からの誘いで、ルーマニアへ行き、見せてもらった手術が、ロボット支援下手術を単孔式で行う「Uniportal RATS」でした。
1つ穴のこの術式は、体の大きな人にはよいのですが、小柄な患者さんでは、術中の視野の確保が難しいといった課題があり、また、4本あるロボットアームのうち、3本しか使用しないという点も気になりました。
そこで、アジア人など小柄な人でも十分な作業領域を確保し、4本のロボットアームをすべて駆使して行う手術、二孔式ロボット支援胸腔鏡下手術(Non-assistant help operation in dual-portal RATS :neoDRATS)を私たちは開発しました。
このneoDRATSは、低侵襲性、手術の操作性、安全性をクリアしています。
墨東病院ではUniportal RATS を日本でもいち早く始めました。
しかし、実際に手術を行ってみると体の小さい日本人、しかも女性では単孔式には無理がありました。
そこで2018年くらいから、主切開部のほかにもう一つ穴を開けて、2つのポートから3本のロボットアームを用い手術を行うようになりました。
この術式を「DRATS」と呼んでいます。DRATSに慣れてきたころ、さらに改良を加え、2つのポートから4本のロボットアームすべてを使って手術を行うようにしたのが、「DRATS」の次なる「neoDRATS」となります。
ロボット支援下手術の場合、多くは第7肋間や第8肋間を5か所ほど切開します。
単孔式のUniportal VATSは第4肋間もしくは第5肋間に1か所切開し、ポートをつくります。neoDRATSは、Uniportal VATSと同様に第4、第5肋間を小開胸し、もう一か所3.5センチメートルほどのポートをつくります。視野が格段によくなり、手術がしやすくなります。
一方で、まれに大量出血などにより開胸手術に切り替えることがありますが、neoDRATSの切開部は、そのような場合にも開胸手術に切り替えやすいといえます。その点でも安全性が高く、評価されているものと思います。
これは私たちが開発した術式ですから基本的にお手本がありません。
また、海外における一般的な術式と異なるため、最初のうちは否定的な意見などもありましたが、実際には手術成績がよいため、認められるようになりました。neoDRATSに関する論文も数多く執筆して、認知を広げています。
neoDRATSの手技の伝承
neoDRATSの手術実績とともに、手技についても広く伝えていきたいと考えています。
母校の山形大学や近畿大学などで直接指導をしています。ほかにもいくつかの大学の医学部や病院に招かれて指導をすることがあります。直接出向いていないところもYouTubeに私があげている手技動画をみて、手術に臨んでいるいるようです。このようなことからneoDRATSを行う医療機関が増えてきています。
精力的に論文も発表していますが、現代は文章よりも動画のほうが広まりやすいので、YouTubeをきっかけにneoDRATSに関心をもつ医師が増えています。墨東病院に手術を見学に来る人が増えています。年に2回くらい台湾からはツアーを組んできていますし、中国の台南市やインド、ベトナム、フィリピンなどアジアを中心に個人でも見学にきています。オーストリアなどヨーロッパからも問い合わせがきます。
外科医は実際に手を動かす、手技への関心が高いので、もともと学会でも動画を使った発表などが人気でした。現在はロボット手術のハンズオンセミナーが多く開催されています。
墨東病院のオペ室で6人程度の人に対してneoDRATSのハンズオンセミナーを定期的に行っていますが、次回開催はもう予約がいっぱいになっています。
論文では手術動画に重きを置いた学会誌があり、そこにneoDRATSの手技に関する論文と実際の手術動画を投稿したところ、その年のTOP5に選ばれました。
また2024年から25年にかけての「The Best Doctors in Japan TM」に選出されました。
これは、医師の治療能力、研究結果、最新医療への精通度などをほかの医師が評価して決定されます。
いわばプロが選ぶ医師のプロということですからありがたいですね。
基本的に今、墨東病院の呼吸器外科では、世界水準の医療を意識していてUniportal VATSやneoDRATSを中心に行っています。
高齢者がどんどん増えていく日本において、これら低侵襲性の手術ならば、90歳の人でもより安全に治療ができるのではないか、高齢化が進む墨東病院の近隣地域にもこの世界水準が恩恵をもたらすのではないかと考えています。

この記事を監修した医師の詳細はこちら↓
墨東病院 呼吸器外科 江花弘基部長
最終更新日:2026年10月20日


